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承 告発文

『急白


 私は死ぬ前に告白しなければなりません。私は、私たちの犯した罪を告発します。そして共犯者である貝塚高志を殺し、私も死を選びます。


 それで全ての罪が許されるわけではありません。私たちが刈り取った命はもう元に戻ることはありません。私たちの死は、ただ単に、この世界に若い男女の死体が転がるだけの意味しかないでしょう。

 はじまりは崇高で無垢な行為でしたが、貝塚高志によってすべてが穢されてしまいました。私はもう限界です。いっときの絶頂のあと、必然に訪れる罪悪感で押しつぶされてしまいそうなのです。

 この世に二つの肉塊が転がるだけだとしても、私たちが何をしようとし、そして何をしてきたかを克明に残せるのなら、あながち間違いではないような気さえしてくるのです。

 最初から間違い続けた私たちの人生ですが、最期くらいは、間違いの少ないように終わりたいと思います。



 始まりがいつかだったのかは定かではありません。私は死にゆく過程というものに興味を覚えました。

 死体が好きだとか、殺人愛好者だとか、そういうことではなく、私はゆっくりと死を迎えるものに憧憬にも似た感情を持つようになりました。


 一番古い記憶は小学低学年の時です。

 兄に連れられ昆虫採集に行きました。とても日差しが強く、アスファルトが焼けて独特な匂いと陽炎が立ち上っていたのを憶えています。


 兄が木に登ったり草むらに顔を突っ込んでいるなか、私は木陰で本を読んでいました。かりにも女の子なのです。虫に興味はありませんでした。


 どれくらい経ったでしょうか。兄は虫いっぱいの籠を私に見せてきました。誇らしそうに笑っていました。このあと兄がすることはとても残酷で、慈悲もないことです。しかし子供なりの無邪気の邪気とでも言いましょうか。

 兄はひときわ大きな蝉を取り出すと、私の前で羽をむしりました。

 そして見てろよ、と言いました。


 蝉はギイギイと鳴いていました。鳴きながらヨタヨタと歩きました。歩くというより、這っているようでした。


 かわいそうだよという私に、兄は心配しなくてもすぐに鳥に食べられるよと言いました。兄は鳥の捕食の瞬間が見たかったみたいなのです。


 しかし待てど暮らせど鳥は現れませんでした。

 夕方になり蚊がではじめたので、兄はもう帰ろうと言いました。

 蝉を見ると、鳴いてはいませんでしたが、それでもヨタヨタと這っていました。

 私は死んでないことにホッとして家に帰りました。


 翌朝私は蝉の事が気になって裏山に登りました。

 蝉は昨日とは少し離れた場所で動かなくなっていました。少しつつくとギギと声をあげました。昨日よりも小さな声でした。

 とても弱っていて、今にも死んでしまいそうだと感じました。

 でも私は拾い上げて家に持ち帰ったり、木の蜜を吸えるようにしてあげたりはしませんでした。

 私は見ているだけでした。

 どうしてだかはわかりませんが、私はじっと見つめていました。

 今にも消えそうなロウソクの炎を見ている、そんな感じでした。ときおりギギと上がる声が、一瞬だけパッと大きく燃え上がる炎に思えました。


 翌朝も、その次の日も見に行きました。

 蝉はいつのまにか死んでいました。

 蟻がたかっていたので落ちていた枝で追い払い、蝉を手のひらにのせました。とても軽かったのを覚えています。

 死んだら軽くなるのかと思いました。軽くなったぶんが魂の量なのだろうと思いました。

 そして残念に思いました。

 生と死との境界線を見ることができなかったのです。もし見れていたら魂が抜ける様を観れたのではないか、そう思いました。

 死ぬまでをずっと見ていたい。そんな願望が生まれた瞬間は、たぶんこの時点だと思います。


 生物の死に際なんて、そうそうお目にかかるものではありません。

 いつかはやってくるだろうチャンスを待っていましたが、死は私の目の前を通り過ぎて行きました。


 そんな時に見つけたのが、とあるサイトでした。

 中学生となっていた私が、自室のパソコンで偶然みつけたサイト。

 ネズミを空の水槽に入れて死ぬまでを撮影し、死後腐ってゆく様を動画でアップしているサイトでした。


 このサイトの管理人が、貝塚高志でした。

 私たちは大学ではじめて顔を合わせましたが、最初の邂逅はこの時です。


 貝塚高志も私と同じような願望を持っていました。私と違うのはそれを実行していることでした。


 サイトには死にゆく過程を讃える詩が添えられていました。いま見れば噴飯ものです。ここに書くのも恥ずかしいような内容です。厨二病真っ只中の中学生が創った詩に、しかしその時の私は共感しました。


 その想いをメッセージで送りました。はじめは返信はありませんでした。後で聞いたところによると、やはりサイトの趣旨が危険なため、用心していたということです。


 しかし私は何通も何通もメッセージを送りました。

 いかに生と死の狭間が美しいのか。なぜ死ぬのか。魂はどこに行くのか。そしてそれをどうにか捉えられないものか。


 そして次は猫か犬で、と要望を出しました。ネズミでは表情がわからないので物足りなかったのです。

 死の瞬間が苦痛なのか、それとも快楽を伴うのか。表情がある生き物ならわかるのではないか。そんなことをメッセージで送りつけました。


 要望は叶えられませんでした。

 貝塚高志はメールアドレスを私宛のメッセージに添付し、すぐにサイトを閉鎖しました。


 後日になって分かったのですが、ネットの一部で貝塚高志のサイトが話題になっていたようです。

 貝塚高志は特定される前にサイトを閉鎖したのでした。


 そして私と彼とのメールのやり取りは大学入学まで続きました。

 時に猫や犬の死骸の写真を送ってきましたが、私は興味を持てませんでした。私が美しいと思えるのは、生と死との隙間です。死んでしまった生き物はただの肉です。

 この辺りで私は、貝塚高志との興味の方向性にわずかに疑問を持ちはじめました。


 それでも関係を続けたのは、他に話せる人がいなかったからです。私の趣味や思考、志向と嗜好が、常識の淵からはみ出していることを理解していました。誰にも話せないし、話してはいけないことでした。


 私は私の中にある最も深い部分に蓋をして、当たり障りのない生活を続けました。だから若干の方向性は違うものの、貝塚高志という男の存在感は私には重要だったのです。



 やがて私たちは同じ大学に入学し、長年メールでやりとりした計画を、ついに実行することにしました。


 幸いにも貝塚高志の実家は資産家でした。そうとうな資金が必要な計画でしたから、私は彼を選んで正解だったと思いました。


 私たちの欲求は、犬や猫では抑えられないほどに大きくなっていました。

 観察対象は人間の女です。

 最も魂に価値があるのは人間だ。私たちはそんな結論に達したからです。女にしたのは抵抗された時のことを考えてのことです。

 人間が生き、そして衰弱し、少しづつ死んでゆく様を観察することにしました。


 計画はこうです。

 都内に防音性の高い密室を作り監禁する。そこにネットカメラを仕込む。数日分の食料を置いておき、私たちはそれを観察する。死んだらとある山に遺棄するつもりでした。それだけです。


 書くと簡単に思われるかもしれませんが、なかなか難しかったです。

 まず舞台選びから難航しました。


 防音の設備のあるマンションはセキュリティーも万全です。ロビーなどに監視カメラがあっては証拠が残りかねません。できればそういった設備のない部屋が望ましかったのです。


 方々探し回ってやっとみつけた部屋が、いま私が死んでいるだろうこの部屋です。

 貝塚高志はトイレや風呂にもカメラを仕込もうとしましたが、私は反対しました。覗きが目的ではないのです。同性としては、そんな部分まで見られるのはお断りだと思ったのです。

 彼と一悶着はありましたが、カメラは部屋だけを見渡せる位置にひとつとしました。


 観察対象は私が用意しました。

 同じ生活圏の人間は避け、観光客が訪れるような繁華街で私が声をかけました。標的は女です。ファッション誌のカメラマンの名刺を作り、スナップ写真を撮りたいと声をかけました。


 かなりの確率で撮影はできました。そのなかで特に自意識が過剰で、かつノリのいい女性を選びました。気を使ったファッションのわりに、爪と靴の手入れが行き届いていないのも好印象でした。そういう人々はおおむねルーズな性格をしているのです。これは経験則からくるものでした。


 割りのいい仕事がある。メーカーのサンプルを着てもらってスタジオで撮影するだけだ。一日で三万にはなる。そう言ってこの部屋に連れてきました。


 お茶を出し、予め用意した数十着の服を見せました。最初の被害者は、撮影するのも私だからと言うと、ホッとしたのか笑みを浮かべました。

 男のカメラマンだったらどうしようかと思いました。そう女の子は笑いながら差し出された紅茶を飲みました。


 もちろんこの紅茶には薬が盛ってありました。

 すぐに効くのかと思ったのですが、なかなか眠たいようなそぶりも見せず、私は焦りました。

 話題も尽きて撮影の話になったので、慌てて私は忘れ物があると嘘をつき部屋を出ました。

「機械に影響があるから」と嘘を言って、玄関に携帯を置いてもらっていたので、それも忘れずに持ち出しました。

 その時に鍵をかけました。錠前は特別なものに変えてあったので、もう中から解錠することはできません。


 すぐに意図に気付かれて騒がれるかと思いました。しかし扉の前で耳を澄ましても、騒いでいるような声は聞こえませんでした。

 迂闊なことに防音だということを失念していたのです。はじめての犯罪行為に私も気が動転していたのでしょう。


 私はそのあと貝塚高志と落ち合い、彼の実家でネットカメラにログインしました。


 カメラは問題なく起動していました。

 女はソファーで横になって眠っていました。

 貝塚高志が女の素性を知りたがったので、取材記録と称して聞き出した個人情報を伝えました。


 女の名前は田崎祥子。地方の美大に通う十九歳の学生でした。お世辞にも綺麗だとは言えないものの、愛嬌のある笑顔でした。笑うと犬歯がチラリと見えて、まるで子供のようだと私は思いました。


 そうです。近ごろワイドショーで写真が流されている、あの女です。

 埼玉の山林で見つかった女の死体。死因は餓死。死体に暴行などの形跡はないと報道されている、あの女です。

 世間では現代の謎などと騒がれていますが、謎でもなんでもありません。私たちが餓死するまで監禁していたのですから。

 死ぬ、まで、ずっと見ていたのですから。


 私が撮った田崎祥子の写真を見て、貝塚高志はふぅんと言いました。興味なさそうに写真を投げると、指を組んで顎を乗せ、ずっと画面に見入りました。私も彼の隣に座って同じように見ました。


 田崎祥子がこのあと死んでゆく様は、ここでは書かないことにします。彼女を二度殺すことになるような気がするからです。


 私たちの死後、この手記(あるいは遺書と言ってもよい)はメディアを騒がせることでしょう。その時に田崎祥子がもがき、狂い、飢え、ときおり正気に戻り、鉛筆を削るように命を削っていった過程は、情報が過ぎると思うからです。

 私たちの犯罪を知った若者が、若さゆえに感化され、模倣犯となるのも耐えられません。


 ただ書かなければならないことは、私が望んだものがそこにはあったということです。

 私はたしかに田崎祥子の身体から立ち昇る何かを見ました。それは錯覚と言われてもしかたありません。


 貝塚高志には見えなかったそうです。彼は偽物でした(それは二人目で露見する)。そして模倣犯は偽物の模倣です。この世界で本物は私一人で十分なのです。



 こうして一人目は終わりました。

 そしてほとんど自然発生的に二人目の物色が始まりました。

 二人目に関しては貝塚高志からの要望がありました。

 できるだけ美しい女性がいい。そう熱がこもった目で彼は言いました。

 美しい花が枯れてゆく様は美しいだろ? そういう彼の言葉に、一理あると思った私はとんだ阿呆でした。



 二人目はスラリとした長身の女にしました。二十七歳の彼女は、若い時分に読者モデルをやっていたと自慢していました。

 年齢的にどうせ小汚い子ギャルだったのだろう。私は内心舌を出しました。


 田崎祥子の時と同じように誘い出し、そして監禁しました。すでに二度目なので、私の言動は滑らかでした。


 再び観測の日々が始まったのです。

 いつ死ぬか知れない。片時も目を離してはいけなかったのです。私が望むのは、まばたきひとつで見失うような刹那的な美なのですからしかたありませんでした。


 それでも最初の数日は死ぬことはないだろう。仮に自殺するにしても、もう少し後だろう。そんな気の緩みがありました。


 監禁二日目のことです。

 大学から帰宅すると、私はすぐさま自宅のパソコンからログインしました。


 二人目の女、岩崎さつきは死んでいました。

 自分の服をねじって結び、ドラノブに引っ掛けて首を吊っていたのです。

 驚くほど伸びた舌と、床に広がった失禁の跡が、ざまを見ろ、お前の思い通りになるものか、と私をあざ笑っているように見えました。



 私は愕然としました。

 それは死の瞬間を見逃したことよりも、なぜこのタイミングで死ななければならないのかと、岩崎さつきに対しての、そんな理不尽とも言える怒りの感情でした。


 私は冷蔵庫を開けて牛乳を一杯飲みました。あえて嫌いな飲み物を飲んで、冷静になろうとしたのです。そして、どうして岩崎さつきは死ななければならなかったのかを考えました。


 思い立って私は過去のデータを見ました。

 そこに映っていたのは、ひどい裏切りでした。


 私はすぐさま貝塚高志に電話をかけました。

 十回目のコールで出た彼は寝起きで不機嫌でした。


 なぜ岩崎さつきをレイプしたのか!

 そう問い詰める私に、彼は面倒臭そうに答えました。

 これから死ぬ女を抱きたかったんだ、と。

 格別だったぞと彼は言いました。悪びれることもなく、自己弁護するわけでもなく、至極当然のように言いました。


 死ぬまで毎日抱くつもりだと彼は続けました。そして、死後も一度は味わっておくとも。

 生きている岩崎さつきと、死にゆく岩崎さつきと、死ぬ間際の岩崎さつきと、そして死んだ岩崎さつきを抱くんだ、と。


 貝塚高志はまだ岩崎さつきの死を知りませんでした。私が状況を伝えると、彼は少しの沈黙の後に舌打ちをしました。

 心底面倒臭そうにため息をつくと、次、探しとけよと言われました。できればもう少し若いのがいい、とも言われました。


 私の眼前に闇が広がりました。地面すら消失したように感じました。


 私はそんなことのために利用されたのです。

 一人目の田崎祥子がレイプされなかったのは、ただ単に彼の趣味ではなかっただけなのです。


 うすうす彼の理想と私の求めるものとの差異に気づいてはいましたが、死というものに対してこれほどの冒涜はありません。


 私は岩崎さつきに心から謝罪しました。何度も何度も謝りました。



 美しく 死なせて あげれなくて ごめんなさい



 私の志向と嗜好は穢されました。

 もう岩崎さつきのような悲しい死は見たくないと思いました。


 ですが、私の思惑とは別に、もうあまり時間が残されていないようです。

 岩崎さつきの死体を処理した部屋には、すでに三人目が補充されていました。私へ一言もなしに、貝塚高志は自分好みの女を拉致してきたのです。カメラを見る限り私と同じくらいの年齢の女です。

 まるで私が貝塚高志に穢されているような気がしました。

 私の理念を穢したようにです。


 だから私は貝塚高志を殺し、そして私も死のうと思います。あの気が違ってしまった男を放っておけません。


 私は今から部屋に行って女を解放します。

 それに気付いた貝塚高志は急いでやってくるでしょう。

 激怒しているかもしれません。ガッカリしているかもしれません。そして、女を逃したことで、私たちの犯罪が露見することを嘆くでしょう。


 貝塚高志は悪ぶっていますが、底の浅い男です。警察に捕まることを恐れることでしょう。そして、きっと彼は大麻を吸います。精神だけでも逃げようとします。

 彼はカメラで女たちを見ている時、必ず大麻を吸いました。きっと燻っている罪悪感を誤魔化していたのでしょう。そんな男なのです。


 朦朧とした彼を上手いこと誘導して薬を飲ませ、眠ったところを刺し殺そうと思います。

 しょせんは女の私ですから、仮に失敗すると腕力ではかないません。その時のための保険もかけておきます。

 隙を見つけて貝塚高志の部屋の鍵を抜き取り、私の鍵とともに飲み込もうと思います。そんなに大きな鍵でもないので、やってやれないことはないと思います。


 鍵がなければ扉は開きません。

 私が失敗したとしても、貝塚高志は女たちにそうしたように、数日後には餓死することでしょう。

 その前に携帯電話で助けを呼ばれる可能性もありますが、きっと大丈夫です。電話したら、生きたまま地獄を味わうことになるのです。

 そして、それは彼の家族も同様です。父親の経営する会社は倒産するでしょうし、彼が大切にしている幼い妹も、きっとひどい目にあうことでしょう。火を見るよりも明らかです。

 だから、きっと彼にはできません。貝塚高志とは気の小さい男なのです。



 最後は家族へ


 こんな娘に育ってしまい、ごめんなさい。

 兄のことを書きましたが、私がこうなってしまったことに、兄は無関係であることを明記しておきます。


 追伸


 岩崎さつきの死体は〇〇県〇〇市の〇〇山に遺棄しています。国道〇〇号線を北上し蕎麦屋の脇の山道を登った先です。もうそこに魂はないでしょうが、どうぞ供養してあげてください。


 かしこ


 平成30年12月9日


 冴木伊織』





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