サルバのお話
お初にお目にかかります。私、種族は魔族、名前はサルバと申します。
このサルバ、元々はラーグ様に仕えておりました。
ある日婿に行くと言うラーグ様に無理矢理着いて行き、予定外だった筈の私を有り難いことにランドグラッセル侯爵家の皆様は、執事として向かい入れて下さいました。
まあ、私の姿が人族に近くラーグ様のお姿が中々の物だったので緩衝材として丁度良かったのでしょう。
…一応申しておきますが、ラーグ様、魔族の中ではそこそこ血統もよく人望も厚く割と競争率が高いのですよ?
その後ラーグ様はその人柄のお蔭か、徐々にランドグラッセル家に受け入れられていき、私もお側で執事として仕えておりました。
しかしハーヴェイ様が二十五歳になられた時、ラーグ様とアンジェリカ様に「息子を宜しく頼むねー」と言われ、お二人は早々に隠居されたのです。
そのハーヴェイ様ですが、仕事も真面目で手抜かりなく全うされ侯爵家当主として相応しいお方でございました。
…まあ、若い時は多少の羽目は外されたようですが。
ただ、そんなハーヴェイ様にも少し問題がございまして、何と言いますか、一言で申しますとモテないのです。
私から見て悪くは無いと思うのですが…どうも女性には受けが悪く、長年浮いた話が有りませんでした。
ですが、なんと先日喜ばしい事に、とうとう! とうとうハーヴェイ様にも好い人が出来たのです!
このサルバ、今年で百六十七歳になりますがまさか生きているうちにハーヴェイ様の好い人を見られるなんて、幸甚の至りで御座います。
そのハーヴェイ様のお相手の名前はナリア=サーザンド様。男爵家の御令嬢でございました。
多少の身分差はありますが、大奥様が見合いに通したと言う時点で何も問題は無いのかと。
大奥様も一応爵位持ちにしてみたと言うだけで、それが失敗された場合は、 市井の者も誘われるようでしたし。
それに、ハーヴェイ様も身分には余り拘りは無く、どちらかと言うとやれ笑われるのは嫌だ、同情も嫌だ、地位や資産目当ても嫌だ、怖れられるなどもっと嫌だ、という風な心情を主としておりましたので。
困ったものです。気持ちは分からなくも無いですが、取り敢えず嫌がられては無いのですし、結婚してから始まる愛もあるはずです。
なのに妥協もせず、歳をとる毎にそれは強くてなっていく様で…
おそらくもう意地だったのでしょう。
三十五歳、難しい年頃でございます。
私程の歳になればまた見方も変わって来るのでしょうが、そうなると流石に色々と遅くなるので厳しい所なのでしょうが。
ですが、そんな絶望的な状況に現れたのが、先程もお名前を出しました、ナリア=サーザンド男爵令嬢でございます。
笑いもせず憐れみもせず、欲も、恐らくはそれ目当てでは無い様子で、恐怖は…していましたが、その後、それが錯覚だったかの様に挨拶を行い、見合いの席へと座られました。
そしてハーヴェイ様のあの「貴女は、私と結婚し…夫婦になる事ができるのだろうか」という質問。
なんと言う先走り。あの時はハーヴェイ様の教育をまた一からやり直そうかと考えたものです。
しかしまさかのナリア様の赤面するという反応に、ハーヴェイ様も私も、恐らくその場に居た全ての者が自分の目を疑った事でしょう。
私は本能的に感じました。
この方を、ナリア様を逃してはならないと。
ナリア様の今後の意思も確認出来、皆無事に見合いが終わって良かったと歓喜に沸いていた時、何を思ったのかハーヴェイ様が触手の目を曝け出したのには眩暈を覚えましたね。
…やはり再教育が必要でございますか、そうでございますね。
それでも何は共あれ無事に見合いは成立し、その後ハーヴェイ様とナリア様は何度か逢瀬を重ねる様になられたのでございます。
それはもう、見ているこちらの心も穏やかになる程に、お二人の雰囲気は和まれておいででした。
ただ婚約は、まだナリアの気持ちが〜とハーヴェイ様が仰ったことで正式にはされておりませんが。
あのヘタレ小僧が……っと、ゴホンゴホン。
そんなある日、報せを受けたアンジェリカ様とラーグ様が急に屋敷に顔を出されたのです。
「未来のお嫁さんを見に来ました。いつ頃会えるかしら?」
「やあサルバ、元気にしてたかい?」
…来るという報せは出したとの事でしたが、どうやら届くのは明日のようで全く意味がありません。
それでも来てしまった物は仕様が無いので、お二人をハーヴェイ様とナリア様の元へ案内致しました。
「名前をお付けしても宜しいでしょうか?」
扉の前まで着くとそうナリア様の声が聞こえます。
ノックをしようと腕を動かそうとした時、何故かアンジェリカ様に止められてしまいました。
人差し指を口に置き、しーっ、と…どうやらこのまま立ち聞きをされるようです。
そして聞こえてくる話に耳を澄まして見れば、どうやらハーヴェイ様の触手に名前を付けるのだとか。
何故に?
「何それ面白そうじゃない! 私もラーグの…駄目だわ、数が多すぎるわ」
「別に全部に付けなくてもいいんじゃない?」
「そんなの! 他の触手が可哀想じゃない! …ねえラーグ、ちょっとその触手の数減らしてみない?」
「…大奥様、それこそ触手が可哀想なのでは?」
「うーん、アンジェリカ、触手が減ると埋まる時に物足りなくなるんじゃない?」
「それは良くないわね! 残念だけど諦めるわ」
流石ラーグ様、アンジェリカ様の要所を理解しておられる。
「それにしてもあのお嬢さん、良いわね! 中々見所があるのではないかしら?」
「見てごらんよ、ハーヴェイのあの締まりのない顔を、こりゃもう完璧に落ちちゃってるね」
「あら?私を見ている時の貴方の顔にそっくりよ」
「おや、そうなのかい? それは何だか恥ずかしいなぁ。まあ実際僕はアンジェリカに落ちちゃってるからね、仕方がないよね」
「ラーグ好き」
この万年バカップルが……おっとまた失礼を。
そうこうしているうちにハーヴェイ様がナリア様に求婚の許しをもらおうとしております。
どうやら触手の目が全て開く事が出来たならば、という事らしいのですが……それはまた随分と悠長な事でございますね。
それはアンジェリカ様も思ったようで、ハッとしたような顔をされた後、思わずと言った様子で飛び出してしまわれました。
「そぉんな悠長な事、やってられますかぁーーっ!」
その後はご存知であるように、ナリア様は行儀見習い兼花嫁修行に侯爵家へ奉公する事になられたのです。
ある日ナリア様に「ねえ、サルバさん、ハーヴェイ様の触手の目って本当に何の力もないのですか?」と言う質問をされたので私は「はい、そうですね…強いて言うならば、触手の目の視界は自身にも共有されますので全方位見える、という所ぐらいでしょうか」とお答え致しました。
「そうなのね…」
「…どうかされたので?」
またハーヴェイ様は何かやらかしたのだろうか?
「いえ、何だか見る度に愛着というか何というか…こう、気持ちが落ち着かなくなると言うか…」
何だ、ただの惚気でしたか。
「いえいえ、この気持ちが何かくらいは分かってはいるつもりなのです。
けれど、やはり、その、なにぶん初めてなものなので…少し持て余すと言いますか」
……ナリア様、大変可愛らしくございます。
しかしそのナリア様の背後にある廊下の曲がり角に隠れ、そこから触手を一本だけを伸ばし、こちらを覗き見ているバカは気持ちが悪くございます。
「ナリア様、背後に」
「え、あら! ハーヴェイ様ったらガントで覗いているわ。もう、今の聞かれたのかしら? だったら恥ずかしいわ。
サルバさん、私ちょっと文句を言ってきますわね」
うふふふ、と微笑みながらハーヴェイ様の元へと行ってしまわれました。
…ガント、とはきっとあの触手の名前なのでしょう。
しかしこのサルバ、正直全くもって興味がございません。
さて、どうやら仕事がひと段落したのであろう侯爵家当主と、その将来の奥様に、お茶の準備をして差し上げましょうか。
…久し振りに私が淹れてもいいかもしれませんね。
そうしてどの茶葉にするかな、と考えながら踵を返し、二人の楽しげな声を背に今日も今日とてサルバは微笑み、執事の職務を全うするのだった。
魔族男性からみるハーヴェイ様はおや?とは思いはしても特に笑える程では無いのですが…
女性の感性とはどれだけ時が経とうとも摩訶不思議なものでございますね。