マーサの世間話
ちょいと聞いておくれよ。
やあ、私の名前はマーサ、人族さ、
大奥様の代からこのランドグラッセル侯爵家に仕えている使用人で、気が付けば立場はここのメイド達を束ねるメイド長になっていた。
まあ、私のことはいいさね。
それよりも、とうとううちの坊ちゃんがやってくれたんだよ!
そう、何と嫁をゲットしたのさ!
いやいや、目の前で見ていたけど信じられなかったね。
発端は大奥様の提案で、集団見合いをした事だったんだけど、私もね、最初はいけるんじゃ無いかって思ってたんだよ。
だけど現実は無情だよ。魔族も、坊ちゃんと同じハーフも皆んな駄目だった。
お見合いの回数を重ねるごとに坊ちゃんの触手の萎えること萎える事、ほんと不憫さね。
坊ちゃん、優しいんだけど、見た目がてんで女性には受けが良くなくてね。
ただただそういう対象に見られないそうなんだよ。
私の娘をあげても良かったんだけど、あの子も昔から坊ちゃんを見てるから多少は慣れてただろうし。
昔、それをチラッと娘に言ったら真顔で「私は魚族の様なヌメりがある人がタイプなの。ハーヴェイ様のような触手はタイプではないわ」と言われちまった。
その後娘は魚族の男性と結婚して、今も幸せに暮らしているよ。
幸せならいいんだけど、我が娘ながらよく分からない娘さね。
まあ坊ちゃんも、あの子は案外ロマンチストだもんだから、妥協が出来ないみたいで、ホント困った坊ちゃんさ。
でも側であんなにも仲良いいご両親の姿を見てたら、憧れるのも仕方がないのかもしれないね。
おっと、ごめんごめん。話がズレちゃったね。
そうそう、お嫁さんね、お嫁さん。
お嫁さんの名前はナリア=サーザンド。男爵令嬢だと。
いやぁ、何だいありゃ、坊ちゃんには勿体無いくらい若くて可愛らしい人じゃないか。
最初に坊ちゃんと対面した時はナリア様も例外なく叫ばれ、気を失ったはずだったんだ。
そりゃそうだろうね、人族の若いお嬢様には坊ちゃんみたいな姿は見慣れない分驚きもするさ。
まぁ、半分は坊ちゃんの噂のせいさね! しかも坊ちゃんの自業自得。
あの時は流石に私もサルバも大奥様も叱ったさ。侯爵家の次期当主となる人がー!みたいな感じでね。
ともかく、その気を失ったと思ったナリア様はそこからは予想外の展開を起こしてみせてくれた。
坊ちゃんのデリカシーの無い質問に、きっと大体は、無いわーって感じだったり、顔を青ざめるかだと思うんだけどね、何と、ナリア様は顔を赤くなされたんだよ!
もうね、その場に居た全員が、ここしかないっ! て感じだったね。この子を逃せば坊ちゃんに明日はないってさ。
だけど坊ちゃんの、最後のあの目玉の暴露については、本当に触手の毛を全部剃ってやろうかと思ったよ。
坊ちゃんがモテないのは見た目だけの問題じゃ無いんじゃ…と思ったのは内緒さね。
それからなんとかお見合いも無事に?成立して、何やかんやあってナリア様は最近この侯爵家に行儀見習い兼花嫁修行に来て下さっている。
坊ちゃんの仕事や、ナリア様の教育の休憩時間に、お茶を一緒に飲んで話をするんだけどね、見てごらん、今も坊ちゃんの触手の名前について無邪気に話しているよ。
「ハーヴェイ様、この子の名前はリラにしますわ。
睫毛が長くてとても美人ですの」
「うむうむ、そうかそうか」
…正直赤ん坊の頃から見ている私でも触手の事なんてさっぱりさ。触手は触手だろう?
んー?そう考えるとそんなよく分からないとこが坊ちゃんとはお似合いなのかもしれないね。
ああ、坊ちゃんの顔がデレデレじゃないか。
全く、幸せそうでこっちまで嬉しく…く、うう、駄目だね年を取ると涙脆くなっちまう。
「ハーヴェイ様、触ってもよろしくて?」
「うむうむ、よいよい」
…坊ちゃん大丈夫かね?好色爺さんみたいでちょっと気持ち悪いとか思っちまったよ。
ま、まあ、とにかく本当に良かった。
確か今日で13本目の触手だ。20本まであと少し。
未だナリア様は急に坊ちゃんが背後に現れると息を詰める事があるのは知っている。
だけどね、その後は必ず蕩けるような笑顔をみせるんだよ。
これは多分慣れる事はないのかもしれないね。
けれど、それ以上にナリア様は坊ちゃんに暖かな感情を向けてくれてるのも分かるのさ。
だからきっと、二人はそれで良いんさね。
「マーサ」
おっと、どうやらお呼びが掛かったようだ。
「はい、旦那様 」
ゆっくりと気持ちが近づいていく二人。
正直、私も周りもやきもきしているけど。
「ナリアと少し庭に出る、この時間は少し冷えるだろうからナリアに羽織をくれ」
「畏まりました」
「ハーヴェイ様の触手は暖かそうで良いですわね。
私もその子達に暖めて頂こうかしら?」
…坊ちゃんの触手達が一斉にブワッと逆毛立ち、ソワソワと動き出したよ。
どうやら嬉し恥ずかしいらしいね。
「そ、それはまた次の機会に…」
「うふふ、そうですか。では楽しみにしております」
坊ちゃん…こりゃどっちが年上か分からないね。
やれやれ、さて、ナリア様の羽織を持って来ますか。
あー、全く、楽しいね!
もし私が後うん十年若ければだって?
あははは、よしとくれよ。
私は同じ人族がタイプなんだよ。悪いけど、触手はタイプじゃ無いからね。あっはっはっは!