第貮話:人生は阿弥陀籤に似ている 上
「話には聞いていたけど、本当に部屋が広いのね。アカバ」
城之内美鶴はそう言って、俺の部屋の天井を見上げた。
七月二十三日。我が高校は三日前から無事に夏休みを迎え、俺の部屋の壁に掛けられた――誕生日に姉から貰った――やたらカラフルな壁掛け時計は、午前十一時を指していた。
「ああ、こんなに広くなくてもいいんだけどな。ま、広いに越したことはないよ。ものが増えても平気だし」
俺――赤羽俊介の父は、とある小さな企業の取締役で、この家は、収入が少ない訳ではなかった。
生活に苦労をしたことは、殆どない。ただ、放任主義の父は、高校入学時の俺にこう言った。
『自分で手に入れられるものは自分で掴み取れ。もう高校生ならな』
それからというもの俺は、今日までずっとアルバイトをしている。学校近くのコンビニで、週に二回。
「もの、ね……」
麦藁帽子を脱ぎながら、城之内はそんなことを言った。裾の長い白のワンピースに、青い薄手のカーディガン、そして白の麦藁帽子。それが今日の、城之内の服装だった。正直、似合っている。
俺のベッドへと、帽子を投げる。
「そうだ。ものだ」
「それは例えば、エロ本、とかかしら」
違う!
「家具、とかだ」
俺がそう言うと、城之内はベッドの下を覗き出した。
「安心して。幾ら性欲旺盛な男子高校生の部屋だから、といって、安易にエロ本が隠されているなんて思っていないわ」
「言ってることとやってることが真逆だ!」
では、と城之内。
「第一回、映像研究部作品脚本制作会議を始めます」
と、いうことだった。
蓮と大地は、
『あたしはそういうの得意じゃないし、任せるよ』
『俺に書かせて後悔するのはお前らだぜ!』
だそうなので置いてきた。
とはいえ、映画を観るのは日常茶飯事だが、俺だって作ることに関しての知識は全くといっていい程ない。城之内も初めてだ、と言っていたので、俺たちは謂わば、ゼロからのスタートだった。
「まずは、大まかな設定から始めようかしら」
「そうだな」
「そうは言っても、ファンタジーなんて作ろうとしても、ろくなCGも作れずにグダグダになるのが目に見えているので、世界観はあくまで現実のもので良いわね」
そうだな。
「で、これは青春系なの? 脱力系なの? エロ系なの?」
多分、エロ系ではないな。
「役者も限られてくるだろうし、まあ高校生ものとかが妥当なんじゃないか?」
基本的には役者も自分たちでやる、ということだった。頼もうと思えば頼める友人は、いなくはないが多くないし、あくまで映研作品だ。部員が作るというところにアイデンティティーを置いていない訳ではない。
「高校生系、と」
小さな机の向かいに座って、城之内は自前の――オフホワイトに設定された――カソウパッドの文書ソフトにそれをメモしていた。
キーボードを表示させることも可能だが、城之内は付属のタッチペンで手書き入力をしていた。手馴れている。
「私たちだけで撮るのなら、最低限、マイクと、カメラと、監督で三人。画面に映れる役者は一人になるわね」
そんな滑稽な映画があって堪るか!
「マイクは、小型の、服とかに付けられるもので良いんじゃないか? 監督は決めておいてもいいけど、役者兼、で良いだろ。撮れたものを確認しながらやっていくような感じで」
「小型マイクね……。あなた、思ったよりも頭がよく回るじゃない」
そりゃどうも。
「まるで、新しい顔、という名目でバター娘のピッチングの的にされているアンパンヒーローのようね」
俺は頭を働かせてはいるが、物理的な回転はさせていない。そして何処かから文句が来そうな言い方はやめろ!
「ところで、小型マイク、ということですが」
唐突に敬語になるんだな。
「ドン・キホーテで売っているかしら」
ドン・キホーテはミゲル・デ・セルバンテスの小説だ! 何でも揃った激安ディスカウントストアじゃない!
「では、今から調べるわ。価格.comで――」
利便性は認めるが、何でもかんでも価格コムで調べようとするのはやめろ!
「今日も元気ね、アカバ?」
「ああ、誰かさんのせいでな」
「私のお蔭、と言ってほしいわね」
お前のせいだ!
それから数十分程、俺たちは内容についてお互いにアイデアを出し合ってはみたのだが、なかなか考え付きもせず、城之内のカソウパッドは「高校生系」とだけ記された文書ソフトの表示に飽きたように、スリープモードに入ってしまった。時計は、十二時三〇分を指していた。
「座りっぱなしでは足も痺れてしまうわね」
城之内は、さて、と俺を向いた。
「こういう時は自然に触れるのが良いと言うわ」
そういうもんなのか?
「ここへ来る途中に見たプランターが気になるのだけれど」
さっき、バス停に城之内を迎えに行ったのだが、この家とバス停の、ほぼ中間地点にある植物園を、城之内は食い入るように見ていた。
「ああ、ちょっと大きいだけで特に他と代わり映えもないプランターだけど、行ってみるか?」
「ええ」
ニオ・アシリアの歴史を少し学べば分かることなのだが、現代の技術革新は、この星の人類史上三度目の繁栄らしい。
一度目は、もう遥か昔のことで、記録にも殆ど残っていないのだが、当時の繁栄が終幕した背景には、原因不明の大規模な人類蒸発があったのだという。それから一度は盛り返した人類だったが、今度は経済成長を重視し過ぎ、資源を使い過ぎて衰退。そして二千年前、世界政府により三度目の統治が行われたこの世界は、昨今、自然エネルギーを主とした街作りが盛んに進んでいる。
然し、二度目の衰退時に失われた資源は戻ることはなく、陸地の多くは砂と土で覆われた。人類はまとまって暮らすことを余儀なくされたのだ。街と街の間には広い荒野が続き、移動には地下鉄道が使われる。上空から見れば現代のこの星は、広大な砂漠の中にポツリポツリと発展した街が浮いているように見えるだろう。この街の中には林もあるが、それもここ数十年を掛けて人工的に作り上げたものだ。
人類は緑に――植物に飢えた。世界政府は、民の精神面での安らぎを目指して、そして森林再生の一歩として、小規模なビニールハウスを街の至る所に建てた。――これが植物園、通称『プランター』の始まりだったという。
今やプランターは暮らしに溶け込み、同化している。一概にプランターとは言うものの、トンネル状で通り抜けられるもの、ドーム型になっているもの、有料のもの、無料のもの、小さな花を中心に扱うもの、大きな木を軸とするもの、形態は様々だ。
そして俺の家の最寄りのプランターは、他のものよりも少しだけ規模の大きい、多様な植物が見られるものだった。無料で入場出来るのは高校生までで、小さい頃から馴染みの場所でもあるのだが、高校に入ってからは来ることも少なくなっていた。
「あなたさっきから、一体誰にそんなことを説明しているのかしら」
城之内は気味悪そうに俺を見た。
「他人のモノローグを勝手に読むな」
「あら、声に出ていたわよ」
本当か?
「嘘よ」
澄まし顔でそう言うと、彼女は桜の若木の葉を撫でた。嬉しそうに。
「好きなのか? プランター」
「そうやって、私の口から好きという言葉を言わせるつもり? でも無駄よ。そんな分かり易い誘導尋問には乗らないわ」
そんなつもりは毛頭ない。
「言いたくないなら良いけどさ」
「言いたくない? 別に、言いたくない訳ではないわ。でも無駄よ。そんな分かり易い誘導尋問には乗らないわ」
どういうつもりなんだ。
「言いたいのか?」
「言いたくないわ」
言いたくないんじゃないか!
「好きよ」
城之内はすらりと向こうを向きながらそう言った。
不覚にも心臓が高鳴った。
「私、実はこの街の生まれなのよ。お父さんの仕事の都合で、転校ばかりの生活だったけれど、一応、生まれてから小学校二年生まではこの街で育ったわ。そしてこの桜の若木は、私が生まれたのとほぼ同時に芽を出したものなの」
沈黙。
「…………」
喋りながらすたすたと行ってしまう城之内の背中が、妙に寂しそうで、俺は情けなくも、掛ける言葉を失って、それを重い足取りで追うことしか出来なかった。目線が泳ぐ。
何処から入ってきたのか、植物園の中でも蝉の鳴き声が聞こえる。管理者はいるのだが、あくまで暮らしに自然を加えることが植物園のコンセプトである為、わざわざ虫を駆除することもないのだろう。
何だか、夏だった。城之内がやけに、遠く見えた。
「――嘘よ」
何だ嘘か。
「何となくそんな気はしていたよ」
「植物園は好きよ。心が洗われるわ」
心が洗われる、ねえ……。
「柄にもない、とでも言いたそうね」
ご尤もだ、が言わないよ。
城之内は歩きながらこちらを振り返った。
「でも、そんな話があっても面白いとは思わない? アカバ」
そんな話、というのは、城之内が実はこの街で生まれて、同時に芽を出した桜の若木があった、という話で恐らく間違いないだろう。
そして長い時を経て、お互いに成長した姿で再会する、ということも含めているのだろうか。
「まあ、詰まらなくはないな」
事実、彼女がこの街で云々(うんぬん)という話には、少し動揺したのは認めざるを得ない。
「ではこうしましょう」
これでどうや、とでも言いたげな表情だな。
「今回の映画のテーマは、帰ってきた転校生」
この得意気な表情、『ドヤ顔』とでも呼んでみるのはどうだろう。
「悪くない」
*
俺たちの住む街には、階段がやたら多い。もともと丘陵の上に作られた街ということもあり、車での移動は大回りになりがちで面倒だ。大きな道は通っているが、発展途上時代に作られた、少し大きめの車では入れないような細い路地が多くある。その為に時間貸しの駐車場も多いのだが、ここで語りたいのはこの街にある、もう一つの大きな特徴だ。
「……」
エコロジー、略してエコ等とも呼ばれるが、兎に角自然重視の考え方なのだそうで、車に依る排気を減らす為、この街は階段を作ることで歩行を、そして快適な自転車道を作ることで、自転車での移動を推進している。
自転車道は車道脇、歩道脇に作られることがしばしばだが、地下や空中にあることも少なくない。
そして俺が語りたかったもう一つの大きな特徴とは、街の隅から隅まで張り巡らされた地下自転車道だ。
「……」
俺は休みの日にはこうして、自転車道を放浪して気まぐれに地上に出ては、デジタルカメラで写真を撮りながら街をぶら付くことがある。
地下道の天井、もとい地上の地面は硝子になっており、昼は地下にも拘らず電気要らずだ。これもエコだ、と言い張るのだろうが、だったら快適過ぎる空調をどうにかしたらどうなんだ、とも思う。然し流石に、この時期にクーラーのない地下を走るのは、自殺志願者でもなければありえないな。
「……」
地下道内に点在する地図を見ながら、ああまだ家からそんなに離れてないか、とか思いつつ、また走る。
壁沿いには地図のほかにも、通気口やら、掲示板やら監視カメラやら、悪戯書きやら、出口の表示やらごちゃごちゃとしている。
蝉の声は、ここでもやっぱり聞こえる。
(夏だな)
高校入学時に両親に買ってもらったブルーのフレームの二十四段変速のクロスバイクを、俺は気に入っていた。
「シャ――――――――ッ」
タイヤはそう言って転がった。
(そろそろ上がるか)
外に出てみると、まず暑い。それから眩しい。それから、正面に図書館と一体型の大きなプランターがある。地下自転車道の出口のすぐ脇には、空中自転車道の入り口があった。
図書館とプランターは階数で分かれているが、一階のプランターから伸びる木々が、二階の図書館の吹き抜けに突き出ている。こういうところなら、虫なんかが入ってきたら駆除しなくちゃならないんだろうが、
(綺麗だ)
空中自転車道はクリアブルーのトンネル型で、図書館のほうにも続いていた。というよりも、その中を突き抜けて通れるようだった。
図書館のステンドグラスは、淡い太陽光線を通して虹を彩っている。
「カシャリ」
カメラはそう言ってその景色を捉えた。
空中自転車道に入ると、やっぱり涼しい。地下道よりも少し狭いが、俺は空中自転車道が好きだった。トンネル型とオープン型の二種類があり、その多くは、屋根のないオープン型だ。近年になって増えているトンネル型は、オープン型と違って屋根、空調があり、自分の走っている真下も見える全面硝子張りのループ状だ。平らの床にトンネル状の屋根なので、その形状からカマボコ型等と呼ばれることもある。
従来のオープン型は車道や歩道の上空を沿って走っていることがしばしばだったが、トンネル型は自転車道独自のルートを走ることが多いので、移動時間の短縮にもなるそうなのだが、生憎絶対数が少なく、俺の家の近くにはまだ出来ていない。
(誰に説明しているの、とか言われそうだな)
カソウパッドのナビゲーションアプリを起動し、自宅までの道を検索、表示する。
しつこいようだが夏だった。空調はあっても背中に日差しの熱を感じる。クリアブルーの硝子越しに、夏の空を見る。
家を出るのが遅かったので、もう午後六時を回って、少しだけ暗くなってきた。
赤い光が空を埋め尽くす。硝子の色と相まって、少しだけ紫陽花のような色を見た。そういえば、自宅近くの紫陽花は、もう枯れ掛けてしまった。
疎らになった雲が光を反射して、ゆっくりと西に流れていく。
堪らない程、夕暮れだった。
(脚本、ね)
頭上のライトがちらほらと灯き始めると、浮き彫りになった寂しさを加速させる。
俺は自転車のスピードを上げた。
*
「ワールド社は、カソウフォンの最新アップデートを、八月一日に施行と発表……約半年振りとなるカソウフォンの大型アップデートですが……」
「向日葵の背が大分伸びてきました、が、それに伴ってまだまだ、気温と湿度も上昇の見込み……今年の夏は記録史上最高となるかも……」
「この番組は、株式会社ワールド、首都新聞、……、の提供で……」
「過疎地θ(シータ)の残留民の搬送をしていた男性民間自衛官が、残留民の少年に襲われ、全治一ヶ月の怪我を……」
チャンネルを回すのを止める。
「少年は搬送車から飛び降り、その後行方不明、現在も捜索が……」
「男性の証言に依ると、少年はおかっぱ頭の黒髪で、獣のような目をしており……」
「過疎地θは以前から過密地住民に対し警戒心を強く持っており、戦闘気質も……」
「政府はこれを極めて遺憾であるとし、首都防衛軍は今後過疎地θに対して警戒を強化……」
「コントラストの消化は低迷し、現在の統計コントラストは六四.八%……」
或る夜、風呂上りに麦茶を飲む俺の目に、そんなニュースが映った。
『コントラスト』、という公民用語がある。
首都や過密地には近寄らず、先祖代々の土地で自然と共に暮らす民族が、この島国には幾つかあった。今となっては衰退し尽くした、野蛮な者共の暮らす土地だというのが一般の理解であり、政府はこの過疎地、そして首都を中心とした過密地の、人口や発展度の差を、『コントラスト』と呼んだ。
「政府様もよくやりますわ」
政府は、人類の発展の為にコントラストは排除すべきだとし、保護搬送、という名目で過疎地の人々を首都へと連行しては、刑務所のような施設に入れている、というのが現状らしい。関係者からのリークは止まなく、政府はこれらの声に困窮している、という。
「最近になって本当対応が酷くなってきたな」
一年程の収容期間――簡単な勉強等を教わる、らしい――を終えると首都に住まいが用意されており、そちらで暮らすことになる。
そもそも、まるで猿のような者が住んでいるかのような報道がなされるが、彼らの殆どには言葉が通じるらしく、穏やかな性格の人がいない訳もない。
「政府の過疎地に対する冷遇対応まとめマダー?」
ネットの声は痛い。
「政府もマスコミもゴミ。マジで○ね」
心臓がざわざわする。遠い世界の話なのか、すぐそこに迫っている話なのか、よく分からなくなって、何も出来ない自分を不甲斐なく思う。
「変わらないなー、シュンは」
俺はこういう理不尽なものを見させられると、昔からよく、もどした。
「変わらないのは政府だ」
「責任点火か? 結果吐くのはお前だろ」
大地は笑いながら言った。然し誤変換だ。
俺たちの家の裏には雑木林があって、その林を奥へ進んでいくと、丘陵の上の小さな湖に出る。小さな、とは言っても、街の外まで続いている湖だ。堤防に上がると向こうまでよく見えて、小さい頃からお気に入りの場所だった。
湖沿いには蓄光性質のある花が咲いていて、夏の夜はその花の光と虫の声、それから晴れた日には湖上に浮かぶ星空で、頗る幻想的な空間になるのだ。うんざりする程の湿気を除けば。
「そうだけどさ」
まず、コントラストを排除する為の政策なのに、過疎地の人口を減らすことで更にコントラストを加速させてる、っていうのが可笑しな話なんだ。
曰く、実質的には『コントラスト排除率』のパーセンテージを略して『コントラスト』と呼んでいるというのだが、お偉方は分かり辛い言葉がお好きなようで。
「まあ、確かに灯台下暮らしな話だな」
誤変換だ。
「電気に困らなくていいんじゃないか?」
「灯台の下で暮らすことを真剣に考えるな! そして灯台の下は暗いから電気には困る!」
灯台下暗しな話だ。
「つまり本末点灯ってことか!」
意味は同じだがやっぱり誤変換だ。そして灯り系で繋げて上手いこと言ったつもりになるな!
「てへぺろ」
男がやるな。そしてそこまで棒読みするくらいなら紳士淑女老若男女問わずやるな。
大地は堤防の手すりを背中に当て、肘を掛けて下唇を突き出して見せた。
「ま、意味のない嘆きに感心しない訳じゃないが、意味がないことは確かだな」
大人ぶって遠くを見つめやがる。何キャラなんだお前は。
「意味がないとは、また大きく言うな」
「意味がない、とは誇張的か? 詰まり現状を改善しようのない嘆きだ」
そうだ。俺たちが嘆いてもしようのないことだ。
「具体的な改善策もないことだ」
俺たちに何が出来るでもないことだ。
「具体的な改善策を持っているのにも拘らず、嘆くだけ嘆いて行動しない、よりは良いけどな」
蓮と一緒にいる時こそ力を抜いて馬鹿みたいなことばかり言っているが、大地は実は語彙が豊富で、あらゆる分野に対し造詣が深い一面もある。基本的には馬鹿だが。
こういう時俺は、真剣な大地と馬鹿な大地の違いに戸惑ったりする。もどかしいので、話はここで切り上げておいた。
「俺のことはもう良いんだよ。脚本なんだけどさ」
大地は少し嬉しそうになった。
「お、進んでるか?」
「いや、全然だ。一応、高校生もので、転校生もの、ってとこまでは決まった」
まるで俺たちの話だ。
「何だそれ、俺たちの話じゃないか」
尤もだ。
「それで、城之内が、【月の誘い】を観たいって言うんだが、部活の日程って組めるか?」
何でもインスピレーションがどうのと言っていた。どうせなら自室のテレビよりも部室の大きなスクリーンで観たい、ということだった。
そして部室に入れた暁には、先日の物置清掃の際に発掘されたものたちを使えるかどうか試して、使えるようなら部室に常備し、使えないならまとめて捨ててしまいたい、と城之内は言っていた。
「【月の誘い】って、シンドウダイゴの遺作、だったっけ?」
「そうだ」
「平井に連絡しとくよ。今日はもう遅いから、連絡は明日だな。平井が学校にいる日に合わせて、って感じでいいかな?」
「そうだな」
俺たちは平井から部室の鍵を受け取って、終わったら平井に返すだけなのだが、それでも顧問だ。
「了解。じゃ、そろそろ帰るか」
「ん、悪いね呼び出して」
「いや、いつでも呼べよ」
それから大地は、ママチャリのライトを灯けてこう言った。
「本末点灯!!」
今日はもう遅いから静かにしろ。そして何度でも言うが、
「誤変換だ!」