epilogue:そして二度夏が来る
「時にアカバ」
城之内と過ごす二度目の夏が来た。俺たちは例のプランターに来ていた。
「私たちも恋人同士の端くれなのだから、あなたは私のことを名前で呼んでも良いのよ」
端くれって何だよ。
「曲がりなりにも恋人同士なのだから、あなたは私のことを名前で呼んでも良いのよ」
曲がりなりにもって何だよ!
「照れ臭いから良いよ。そういうのは」
「いえ、名前で呼びなさい。これは命令よ。従えないのであれば、あなたのメールアドレスを使ってあらゆる出会い系に片っ端から会員登録するわ」
報復の手段が陰湿過ぎる!
「分かったよ……美鶴」
桜の若木を愛でていた城之内は、表情一つ変えずに言う。
「思ったよりも不快だわ。気持ち悪い。略してキモい」
命令に従ったのにこの仕打ちだよ!
「冗談よ、嬉しいわ。アカバ」
ああ、お前に喜んでもらえて俺も嬉しいよ。
「然し、お前は苗字呼びのままなんだな」
「あら、綺麗な蝶々が飛んでいるわ」
敢えて言わせてもらうが、綺麗な蝶々は飛んでいない。
(まあ、何でも良いんだが)
溜め息を吹き出しながら、ふと彼女の横顔を見ると、いつになく嬉しそうだった。一年前と比較すれば、幾らか表情豊かになったような気もする。
ふと、こんな何気ない日常が、平和だということかも知れないと、俺は思う。
これがいつまで続くのかは分からないが、今はそれを謳歌するべきなのかも知れない、と。
「エピローグだからといって、そんなに綺麗に終わらせられると思わないことね。小説的にはこれがエピローグだとしても、私たち的にはこれからも続いていく日常の一ページでしかないのよ」
そして彼女は続ける。
「私たちの物語は決して途切れることなく、いつか訪れる終わりまで、続いていくのだから」
こんな会話も、今日くらいは悪くない。
「へいへい」
左頬に、鈍痛。