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Fragile Color  作者: 暫定とは
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第伍話 : 世界自体が矛盾している 下

「新入生の皆さんこんにちは! 私たち映像研究部には、現在二年生がおらず、三年生の四人のみで活動をしています」

 長かった冬が終わり、めでたく俺たちは三年生へと進級した。

「なので新入部員が四人以上入らないと廃部になってしまいます。なので入って! マジで! 二年生も!」

 大地が「長い」と言って蓮の頭をはたく。新入生から乾いた笑いが上がった。

 若干一名ギリギリ進級出来そうにない奴がいたが、進級出来ないと部活動にも支障が出るので、俺と城之内で勉強を教え、どうにか落第は免れた。

「今日は放課後の上映会で上映する新作映画の予告映像を用意してきたので、面白そうと思ったら是非放課後! 三階の視聴覚室で四時から上映会なので! 来てね! では予告編どうぞ!」

 生徒会の進行役が再生ボタンをクリックする。

 昨晩、俺と城之内が徹夜で作った予告映像が、講堂のスクリーンに映し出される。反応は上々だった。

 というのは大地にあとから聞いた話であり、二日連続の徹夜明けで新入生歓迎会に出席した俺は、講堂で突如倒れたのだという。目が覚めたのは十五時半の保健室であった。

(何処だ何だ何時だ……、ツッコみどころが多過ぎるがとりあえず上映準備……!)

 寝ぼけた身体を無理矢理起こして視聴覚準備室に辿り着くと、既に三人が準備を完了させて待っていた。

「やっと起きたか貧血の赤髪」

 大地が俺の肩を叩く。

「新入生の間で話題になってたよ~。ぶっ倒れた赤いのは映研の三年らしいって。映研はブラック企業だから入部すると夜通し働かされるとか」

 笑いを堪えながら蓮が言った。

「あながち間違いではないのが辛いところね」

 既に開場の時間は過ぎており、薄暗い視聴覚室には人が入り始めていた。

 段々と目が覚めてくる。俺は半年前、九月の文化祭を思い出していた。あの日、緊張で手も声も震えていた。今も同じように、心臓が高鳴っている。

 新作映画は再び城之内に依る監督脚本で、【脆弱な日常】と同系統の恋愛ものだった。違うジャンルに挑戦しても良かったが、新入生を獲得する上では恋愛ものが受けが良いだろうと思った、と城之内は話していた。

「上映五分前だ。位置に付くぞ」

 俺の声掛けで、各自文化祭の時と同じポジションに付いた。

 蓮の声は今日も少しだけ震えていた。


 そういえば、三月中旬頃にふと見たニュースで、過疎地θ(シータ)からの搬送車から逃げ出した残留民(ざんりゅうみん)の少年が無事に保護されたと言っていた。

 何を以て無事なのか、何を以て保護なのか、よく分からないが、俺たちの平和な日常とは裏腹に、すぐそこの世界で何かがずっと動いているらしい。

 世界は終わりに向かっているのかも知れないぜ、と大地は笑いながら言っていたが、間違いではないと俺は思った。形のある物はいずれ消えてなくなる。それが動いているということは、周りのものとの摩擦を伴い、当然消えるまでの時間は短くなる。動く速度が速い程、摩擦も大きくなる。

 とはいえ俺たちの日常は、まだ(しばら)くは平和なまま保たれそうだ。今日も天気が(すこぶ)る良い。


 二度目の映画製作は、楽しいだけでは済まないことも多くあった。大地と本気で怒鳴り合ったり、蓮が泣き出して帰ったこともあった。紆余曲折(うよきょくせつ)しながらではあったが、何とか全員で一つのゴールに辿り着くことが出来た。

 城之内の脚本のお蔭でそれなりの形にはなったし、価値のある経験になったと、今は思っている。


 城之内と俺は一応恋人にはなったらしいが、なる前と特に変わったことはない。ただ唐突に「シュンくん」とか言ってくるのは、少しだけやめて欲しい。

 大地と蓮に言った訳ではないが、二人は何となく感付いているらしい節もある。近いうちにちゃんと話しておこうと思う。

 そういえば今回の映画製作を始めるに当たり、城之内は髪を一度バッサリと切った。心機一転、と彼女は言っていた。城之内について俺はよく知らないままなので、今後は俺たちと出会う前の話も聞いてみたいと思っている。彼女が素直に話してくれるか、ということはまた別の話だが。


 平井は相変わらず、基本的に冬眠中の熊だった。

 (ひびき)と香苗ちゃんは、暇があると時々部活に顔を出してくれるようになった。響には、その都度何故かギャラをせがまれる。


 この上映会のあと、俺たちは映研のビラ配りと新入生の勧誘に徹したが、効果はあまりなかった。

 一人だけ、話だけ聞きに来てくれた一年生がいたが、あと三人入らないと動き出せないことを改めて説明すると、それ以降来なくなってしまった。

 然し、映研の扉を開く新一年生なら沢山いた。それもその筈、部室の表札は何故か隣の部屋の扉との間に設置してある為、強豪ダンス部様の部室と間違えてこの部屋に来る子が多いのだ。そして彼らの多くは扉を開けた瞬間に「アレ」と言う。何が「アレ」なのか、一度聞いてみたいものである。

 俺たちにはもう、「失礼します」と扉が開けば「ダンス部は隣です」と答える癖が付いていた。


 上映会から二日が過ぎた。部室では再び燃え尽きた大地と蓮がぼやいていた。

「ダメだったねえ」

「映画自体は悪くなかったと思うんだけどな」

「やっぱ地味なんだよ、映研なんて。もう私たちもダンスしよ! ダンス映画研究部にしよ!」

 意味が分からん。

「やれるだけのことはやったわ。映画の出来も悪くはなかった。ただ今年の新入生の心には響かなかったか、あるいは他の部活により強い魅力を感じたか、ということよ。残念ではあるけれど」

 城之内の意見は尤もだった。

 これ以上足掻いても、もうどうしようもないのだと、何となく皆が分かっていた。蓮すら「そうだよね~」と言って溜め息を吐いた。

 その時、部室の扉がノックされた。

「どうぞ~」

 ソファから大地がそっけなく返事をする。

「あの~」

 スカート丈の長さと、サイズの合っていないブレザーからして、どうも新一年生らしかった。

 肩の辺りまである濃紺の髪をハーフアップにして、明るい茶色の瞳をしている。そして赤い縁の眼鏡を掛けていた。

「ダンス部なら隣ですよ」

 蓮はそう言って南側の壁を指差した。

 然し、彼女の目的は違った。

「あっいえ、映像研究部の部室って、こちらで―――」

 蓮の目が光る。ソファに仰向けに倒れていた大地が、慌てて身体を起こす。城之内が少しだけ口角を上げた。

「ここです! あなたとコンビに! 映像研究部!」

 蓮はそう言いながら立ち上がり、その一年生をソファへと招いた。


   *


「文化祭の時に映画を観て、合格したら絶対映研に入ろうって決めてたんです! 城之内先輩の演技、すっごい好きなんです!」

 彼女は―――斑鳩蛍(いかるがほたる)はそう言っていた。

 その名前を聞いた時、城之内が蛍の幼虫の話を始めそうになったのは慌てて阻止した。そういえばあの話を聞いたあと、俺も蛍の幼虫の画像を検索してみたが、成程、確かに終わり良ければ全て良しという感じであった。

「一昨日の上映会もすっごい良かったです! 私、先輩たちに負けないくらい頑張ります!」

 斑鳩の目が余りにもキラキラしていたので、俺は途中から、自分たちが詐欺でもしているんじゃないかと心苦しくなった。斑鳩は、特に城之内を慕っているようだった。

 大地の口から、部活として動かすにはあと三人必要なのだ、という話を聞いても、「絶対集めます! もし集まらなくても私一人で同好会やります!」と元気に答えてくれた。

 そして彼女は早速入部届を提出して、帰っていった。

 散々褒められた城之内は、満更でもなさそうだった。


「どうなるかね、映研」

 その日の帰り道、俺と城之内は学校近くのファミリーレストランで、休み明けテストの自己採点をしていた。

「そうね。部活として動けるかどうかは蛍ちゃん次第として、同好会に降格すらせずに消滅することは避けられた、ということを、今は喜ぶべきかも知れないわ」

 その話は一理あった。

「そうだな」

「まあ、仮に蛍ちゃんが一年生をあと三名集めたとして、それはそれで槍でも降るような話よ。事実は小説よりも奇なり、といったところかしら。斯く言うここは小説の中なのだけれど」

 身も蓋もないことを言うな!

 数学の自己採点が終わる。

「数学九十二点だ」

「私は百五点よ」

 どうしてお前は百点満点のテストで百五点を取っているんだよ。

「記名の字の美しさで加点五、と注釈があるわ」

「小学校か!」

 そもそもテストが返ってきた訳ではなく、自己採点をしているだけなのだから、その注釈は恐らく、城之内自身の手に依って書かれたものだ。

 城之内はドリンクバーのレモンティーを一口、ストローで吸った。

 俺は今日、この女に一つ聞こうと思っていたことがある。

「なあ、城之内」

「何よ改まって」

 城之内は次の採点を始め掛けていた手を止めて、俺を見た。垂れ下がっていた右の髪を耳に掛けながら。

「お前みたいに才色兼備な奴が、どうして俺なんかを選んだんだよ。今まで周りの男は何をやっていたんだ?」

「もうシュンくんったら、公衆の面前でのろけるのはやめてと言っているでしょう」

 どうして公衆に聞こえないように人がわざわざ小声で喋っていることを大きな声で反復するような真似をするんだよお前は。

「済まなかったわね。それで、何の話だったかしら?」

「だから、どうしてお前みたいに才色兼備な奴が俺を選んだんだって聞いているんだよ」

 城之内は考えるように目付きを光らせて、無言で俺を見つめた。

「何だよ」

「いえ、あなたに褒められることがこんなにも気味が悪いなんて、と驚いただけよ」

 そいつは悪かったよ。

「冗談よ。言ってなかったかしら」

 一拍。

「私、病気を持っているのよ。だから男が近寄ってこないのかも知れない」

 想定外の返答に、俺は唾を飲んだ。

 男が近寄ってこない病気とは、詰まり、そういうことだろう。

「そう、私の病名は……」

 心臓が高鳴る。

「恋の病―――」

 ……何を儚げに『恋の病』だ。『変の病』だろ、お前のは。

「あらアカバ、珍しいわね。誤字よ」

「誤字じゃない」

「まあ、何でも良いのだけれど」

 城之内は一度足を組み直して続けた。

「あなたのツッコみの才能に惚れた、とでも言って欲しいのかしら」

 それはそれで喜んで良いものか判断に困るな。

「正直、理由なんてないわ。好きになるのに理由は要らないと、誰かも言っていたことだし」

 そりゃ尤もな話だが。

「実際私には男が寄ってこないのよ。幾ら私が、容姿端麗頭脳明晰才色兼備の美少女だからと言って」

 そこまでは褒めていない。

「幾ら私が全知全能唯一無二の」

 お前は創造主か!

「一騎当千百戦錬磨の」

 最強か!

出前迅速(でまえじんそく)落書無用(らくがきむよう)の」

 未来の世界のネコ型ロボットか!

「勇気凛々(ユウキリンリン)元気溌剌(ゲンキハツラツ)興味津々(キョウミシンシン)意気揚々(イキヨウヨウ)の」

 ボールに入れて六匹まで連れ歩けるモンスターのトレーナーか!

魑魅魍魎(ちみもうりょう)蓴羹鱸膾(じゅんこうろかい)の」

 難読漢字か!

「絶体絶命四面楚歌の」

 絶望的状況下か!!

「流石ねアカバ」

「お褒めに預かり光栄だよ」

「話を戻すけど、私って少し変わっているじゃない」

 自覚があったのか……。

「だから強いて理由を付けるのならば、私の選んだ(くじ)に、あなたの選んだ籤がかち合った。それだけのことよ。あまり図に乗らないことね」

「そうかよ、野暮なこと聞いて悪かった」

「まあ、私があなたを好きでいるという事実に変わりはないわ。あなたの顔と、程良く筋肉質なところと、声と、匂いと、優しいところと、ツッコみの才能をね」

 恥ずかしげもなくそんなことを言うな!!


   *


 というのが、昨年夏からこの春までに掛けての桜河原高校映像研究部の記録である。

 斑鳩が果たして本当に三人も一年生を集められるのか、今日の俺には知りようがない。だったら明日まで待て、と言われてしまうかも知れないが、そういう訳にもいかない。このお話はここで終わるのだ。

 何故ここで終わるのか、と聞かれれば、ページの都合とか、モチベーションの欠落とか、そういうことではない。このお話がここで終わることは、最初から決まっていたことだからである。

 では何故最初からそう決められていたのか。そこまで聞かれてしまえば、もう答えざるを得ないが、その答えは二つある。


 まず一つ目に、そのほうが続きが気になるからだ。そしてその続きは基本的に、ご想像にお任せする形になる。

 では基本的でない例外は何なのか。それが二つ目の理由でもある。

 このお話には公式に続きが存在しているからである。然し、それは今回のお話とはまた別のお話なので、その機会がいずれ来れば、この話の続きを知ることが出来るかも知れない。それまでは、ご想像にお任せする、というところだ。

 兎に角、こんな裏話的な話をいつまでもダラダラと引き延ばすつもりはない。

 そういうのは城之内にでもやらせておけば良いというものである。


 ちなみに、この話を城之内にしたところ、

「文字が掠れていて読めないとでも書いておけば良いじゃない」

 と彼女は言っていた。昔のゲームじゃあるまいし。


 そういう訳で、このお話はここで終わる。またの機会があれば、またの機会に。

 ……ここから さきは もじが かすれていて よめない。

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