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Fragile Color  作者: 暫定とは
10/12

第伍話 : 世界自体が矛盾している 上

 文化祭は大盛況に終わった。映像研究部の上映会は、出し物の総合ランキングでも三位に入賞する人気振りを博した。

 十月の頭にあった地区大会での上映でも、全体の半数程はラストシーンで涙を流していたように思う。

「お前の父親は生きている」

 学校では衣替えがあった。俺たちは半年振りに制服の黒いブレザーに袖を通していた。部室には、薄く暖房がかかっている。

「違う! 父さんは僕を庇って死んだんだ! 十年前のあの日に」

 秋雨前線が尾を引いていた。窓の外では、昨日の朝からずっと、雨のそぼ降る音が聞こえている。

「十年間、ずっと姿を隠して生きてきたのだ。お前ももう、気付いているのだろう?」

 映像研究部の四人は、

「――……私が、お前の父親だ」

 燃え尽き症候群に陥っていた。

「嘘だァ――――ッ!!」


「はいはい面白かった面白かった」

 大地(だいち)、もう少し真面目に感想を述べたらどうなんだ。

「正直ダークナイトが父親ってのは最初に顔合わせた時点で読めたけどね」

 分かり易い演出ではあったが、そんな段階で気付く奴があるか、(れん)

「俺はパッケージ見た時点で気付いてたけどね?」

 便乗する大地。然し声に覇気がない。

「私は昨日ウイキペデイアを読んだ時には気付いていたわ」

 それは「気付いた」じゃなくて「知った」って言うんだよ。そして初見の映画を観る前にネタバレを読むな、城之内(じょうのうち)

「……アカバ、ツッコみにキレがないわ」

 ああ、そいつは済まなかった。

 ()く言う俺すらも、燃え尽きていたのだった。


   *


 十月半ばの或る土曜。この日、地区大会の結果発表で、俺たちは隣町の市民会館へ赴いていた。珍しく平井(ひらい)も同行した。

「良いか皆、例えどんな結果であったとしても、忘れてはいけないことが一つだけある」

 会館のロビーで、平井はそう言って人差し指を突き立てた。

 普段は化学準備室に引き籠っているだけの癖に、今日は随分と顧問らしく振る舞っている。

「それは、人が冷蔵庫に残しておいたデザートを勝手に食べてはいけないということだ」

 泣きながら説法(せっぽう)してもらっているところ悪いが、世界で一番どうでもいい教えだよ!

「先生、もう分かったから……」

 今朝方、香苗(かなえ)ちゃんに大好物のコーヒーゼリーを勝手に食われたのだと、このおっさんは朝から騒がしい。


 結果発表会は、この道のお偉いさんの有り難い講評から始まった。

「兎角、今年の作品は優秀なものが多く、審議も慎重に行われ……」

「まず何を(もっ)て映画とするのか、そして何故それが映画であるべきなのか……」

「様式美は勿論大切ですが、最も重要なのは情熱であり……」

「結果はどうあれ、今回の評価が絶対という訳ではないので……」

「それでは、結果発表に移りたいと思います」

 ふと隣を見ると、大地は寝ていた。蓮は真剣にその話を聞いており、城之内は何故か(さげす)むような目でそのナントカという団体の会長を見つめていた。

「首都大会に進めるのは優勝の一校のみ。上位三校には記念の賞状とトロフィーが贈られます」

 俺は一応、大地を肘で小突いておいた。起きたかどうかまでは確認しなかったが、唸っていたので多分起きるだろう。

「では三位から」

 心臓が少しだけ高鳴った。

 願わくば優勝、そして首都大会進出を、と俺は今になって本気で思っていた。

「第三位……」

『大地、これは何かしら』

 あの日、城之内が見つけ出したカメラから、この映画は始まった。

『過去の栄光に(すが)っていては今以上への成長は有り得ないのよ』

 楽しいことが出来ればそれで良いと、あの時は思っていた。事実皆での撮影は楽しかったし、有意義な夏休みを過ごせたと思う。城之内のこともよく分かった。

『敢えて言うならば首都大会優勝、かしら』

 でもいつからか、俺は本当にこの映画製作にのめり込んでいた。城之内がそう言ったからじゃない。自分の中で新しい価値観が芽生えてくるのを、確かに感じていた。

『このカメラで、映画を撮りましょう』

 そしてこの映画なら本気で戦える、と心の何処かで実感していた。何よりも俺はこの映画が好きだった。だから負けて欲しくなかった。

桜河原(さくらがわら)高校、【脆弱(ぜいじゃく)な日常】」

 俺たちの映画は、めでたくも地区大会三位に入賞した。

 全体の完成度は高いが、細かい部分の詰めが甘い、とか、一ヶ月強でこれだけのものを作ったのは評価に値する、然し重要なのは如何(いか)に短期間で作るかではない、とか、色んなことをその会長は言っていたが、俺はもうその(ほとん)どは耳に入ってこなかった。

 蓮は泣いていた。大地も泣いていた。平井も、少しだけ涙を浮かべながら、

「お前たちはすごく頑張ったよ。それは忘れないで欲しい」

 そう言っていた。

 城之内は少し苦しそうにしていたが、何も言わなかった。俺が何か言うべきだったのかも知れないが、何も言えなかった。

 俺たちの夏は、本当に終わってしまった。


   *


 翌月曜、俺たちはマスクとエプロンを持って部室に集合した。

 昨晩、城之内からカソウパッドのチャットで「部室の片付けをしたい」と申し出があったのだ。

 確かに、撮影とその後の編集作業で、部室はまた城之内が来る以前のようにごった返し、そのまま燃え尽きた映像研究部に依って放置されていた。

「蓮、おばあ様のCDのケースにヒビが入っているわよ」

「ウソ~~~ッ! ヤバ過ぎ弁償だ~~」

 四枚組のサントラを城之内から受け取った蓮は、CDケースの裏面を見て顔を(しか)めた。

「さよなら、あたしのお小遣い四ヶ月分……」

 白目を剥いて魂まで飛んでいきそうな蓮に、可燃ゴミの袋の口を結いながら、大地が追い打ちを掛ける。

「そう言えば蓮、うちの親父から借りてきた照明機材一個ダメにしたのも忘れてないだろうな?」

「ギクッ」

 それは擬音だ。

「毎度おおきに……」

 死にそうな声でボケ続けるな、ツッコんでいいのか判断に困る。

「立て替えといてやるから、バイトでも探してさっさと返せよ」

「ホントに!? シュン神かよ! 新世界の神かよ!」

 いきなり元気になり過ぎだし、他人を名前を書かれた人間が死ぬノートの持ち主みたいに言うな!

「じゃあ早速買っとくね、Amazonで」

 サービス品質は認めるが、何でもかんでもAmazonで買おうとするのはやめろ!

「ドン・キホーテは―――」

 便乗するな城之内、そしてドン・キホーテはミゲル・デ・セルバンテスの小説だ!

 映像研究部は、徐々に元の騒がしさを取り戻しつつあった。

 城之内は片付けの最後に、額縁に収めた三位の賞状を、スクリーンの脇の壁に画鋲(がびょう)で留めた。少しは満足げだったので、彼女は彼女なりに、その結果を受け入れられた、ということかも知れない。「トロフィーも画鋲で壁に留めようかしら」と言っていたが、一応止めておいた。


「悪い、今日は俺、駅のほうに用事あるんだわ」

「あ、あたしも行っていい? 百円ショップで買いたいものあったんだ」

 そう言って、大地と蓮は帰路を共にしなかった。

 二人を見送って、俺は城之内と共に歩き出した。ちなみに、城之内の家はうちからそう遠く離れてはいない。途中まで方向は一緒なので、普段俺たちは四人で帰ることも珍しくない。蓮と城之内は徒歩なので、そういう時、俺と大地は自転車を押して歩いている。

「自転車で先に帰ってもらっても構わないわよ」

「野暮なこと言うなよ」

 少し間を置いて、城之内は「そうね」と言った。

「腕が痺れてしまったわ。鞄を自転車のカゴに乗せさせてもらっても良いかしら」

 珍しいこともあるものだ。

「別に構わないよ」

 日が落ち掛けていた。空は青とも赤とも言えない色を染めていた。日没は徐々に早まっていき、冬がゆっくりと近付いてくるのが分かった。

 彼女はブレザーの中に白のセーターを着て、首には既に赤いマフラーが巻かれていた。よく似合っている。

「あなたはいつも私の服装についてよく喋っているけれど」

 喋っている訳ではない、これは一応モノローグである。

「それは兎角として、私の服装だけが毎度事細かに解説されるのは、アニメ化した際にそこだけは再現して欲しいからだそうよ」

 気が早い上になんて強気な作者なんだ!

 ところで城之内、

「もう気は晴れたのかよ」

「気が晴れた? 私の気が一体いつ曇っていたと言うのかしら」

 よく言うよ。結果発表の帰り道は一言も発さずに考え込んでいたじゃないか。

「ああ、あれは考え事をしていたのよ。そう、カレーを作る時、玉ねぎは溶けるまで煮込むべきか、あるいは或る程度形を残すべきかをね」

 誤魔化すにしても無理がある。

「カレーを作る人間にとっては永遠の課題なのよ」

 それはもう分かったよ。あの日のことについて、無理に聞き出すつもりもない。

「まあ、あの人の言っていたことが全てよ」

 結局話すのか。

 あの人、というのは例の会長のことだろう。

「今回の結果が全てではない。審査員は映画に関して勿論或る程度の知識や経験を有して審査をするが、審査員に依る評価が全てではない。実際にそれを観て評価するのは一般人だし、何よりも芸術作品に正解というのは存在しない。時代や地域に依って価値観を変えるからこそ、面白い」

 よくもまあ詳細に覚えているものだ。俺は何を言われたかなんて、翌朝には殆ど忘れていたよ。

「その言葉の通り、その後の講評に於いても、あの人は私の演出意図を履き違えていた。学校での上映の際は多くの観客が私の演出意図を見抜き、アンケートに感想を書いてくれていたわ。どれだけ経験を積もうが、製作者側の意図を正しく判断することが出来る訳ではない、ということね」

 確かにあの人の言っていたことは、俺たちの作った映画の内容とは少しズレていたように思う。

「ただ絶対的な正解はなくとも、少なくとも表現者は正解に対して貪欲であるべき、と私は思っているわ」

 頷ける話だ。そうでなければ表現者である意味がないとも言える。

「でも正解を追い求めるにはこの世界には、人と人との間に見解の相違が、矛盾が多過ぎる。こんな世界自体が矛盾しているのよ」

 お前の話は、たまに凄まじい勢いで飛躍するよなあ。

「見解の相違を矛盾とすること自体、無理があるんじゃないか?」

「そう、今ここにも私とあなたの間に見解の相違が生じる。ともすれば私のこの意見すらも矛盾しているということ。矛盾の無限ループよ。略して矛盾ループ」

 そう言って城之内は自慢げだった。

 間もなく城之内の曲がる十字路なので、今日のところはそういうことにしておいてやろう。

「また明日な」

「ええ、お休みなさい」


   *


 十月下旬の或る週末。午前十一時。昼まで寝ているつもりだった俺のカソウパッドに、城之内から着信が入った。

「もしもし、今あなたの家の前にいるのだけれど」

 窓を開けてみると、確かに城之内はそこにいた。

「お前は歩く都市伝説か!」

 頼むから寝起きの俺に二階の窓からツッコみをさせないでくれ。

 支度が終わるまで部屋で待たせてくれ、と言うので上げておいた。この日の城之内は、白いトレーナーにモスグリーンのモッズコートを重ね、紺のスキニージーンズを黒いロングブーツに入れ込んでいた。シンプルだがよく着こなせていて、似合っている。

「あなたの部屋に上がるのは久々ね。あの頃と何も変わっていないじゃない」

 数年振りに昔の恋人の家にでも上がったような口振りだが、三ヶ月足らずじゃ何も変わらないよ。

「ちゃんとご飯は食べているの? コンビニ弁当ばかりでは身体に悪いわよ」

 上京した息子の家にでも上がったかのような口振りだが、お前は俺の母親か!

「これで掃除しているつもり? 窓枠に埃が溜まっているじゃない」

 お前は家政婦を雇っている屋敷の女主人か!

「よく出来ました」

 城之内は嬉しそうに笑っていた。

 分かったからさっさと支度をさせてくれ。


「それで、今日は何でまた午前中から、予告もしないでわざわざうちに来たんだよ」

 城之内の要望で、支度を済ませた俺たちは、家の裏手の林を抜けた先にある湖の堤防へ向かっていた。

「まあまあそう慌てずに。焦っても良いことなんてないわよ。急がば回れ、果報は寝て待てと言うじゃない」

 寝ているところにお前が来たんだよ!

「大体、俺が何処かへ出掛けでもしていたらどうするつもりだったんだ」

「安心なさい。あなたが今日昼まで寝るつもりだったことは、星座占いで明らかだったわ」

 そんなことまで分かる星座占いがあって堪るか!

「では動物占いで」

 動物でも一緒だ! そんなオカルトに頼るな!

「占いに依ると赤羽俊介(あかばしゅんすけ)、今日のパンツは黒」

 何で当たってるんだ動物占いィ!

「今日も元気ね赤羽、いえ、垢バレ」

 あっているのを言い直してまで、他人の名前をSNSのアカウントバレちゃったみたいに言うな! そしてこんな長い上に分かり難いツッコみを俺にさせるな! 息切れしながら長いツッコみをする俺をゴミを見るような目で見るな!!

「……あなたはもう喋らないほうが良いかも知れないわ」

 ああ、俺もそう思うよ。


「時にアカバ、今日は大事なお話が二つあります」

 堤防に着くなり、城之内はそう言った。

 この堤防には、城之内のお気に入りの場所があった。堤防にはベンチも幾つか設置されていたが、城之内はいつもベンチには座らず、湖のほうを向いて手すりに手を掛ける。そんな風景にも、もう見慣れたものであった。そして俺はいつもその右隣で、湖に背を向けて手すりに肘を置いて、城之内の話を聞いている。

 今日も俺たちは、例外なくそうした。

「まず一つ目に、来年の四月から私たちが三年生に進級することで、映像研究部は部活動としてほぼ動かなくなることが予期される、ということ」

 それはこの映研の誰もが知っていることだった。然し誰も、わざわざ口にはしなかった。部員数が四人を下回れば同好会に格下げされ、それが長期間に渡れば同好会としても存在を認められなくなり、事実上消える。現状一年生の部員はおらず、俺たちが進級すれば、通常の部活動であれば引退が待っている。新入生の部員が四人入らなければ、映研の存続は絶望的だった。そして去年の経験から言っても、新入生を四人も獲得するのは限りなく不可能に近い。大地も蓮も、平井もそれを知っていた。城之内だって知っている筈だった。が、城之内がわざわざこうしてこの話をする場を設けているということは、彼女にはそれを打開、とまでは行かずとも、それに関して何らかの考えがあるということだろう。

「聞けば毎年春には、この地区の高校映研の合同上映会があるというじゃない」

 聞いたことはある。地区大会のように順位や勝敗が付く訳ではないが、新しく制作した映像を見せ合い、次の大会に向けてお互いに刺激し合う、という内容のものだったと思う。

「私は当面、それに向けて新しく映像を作っていくべきなのではないかと思っているわ」

 城之内は続けた。

「今年の文化祭の上映の評判は上々だった。殆どの生徒が名前も知らなかった映像研究部が、ランキング三位に入ったことからもそれは明らかよ。春に向けて更に活動を続けていけば、夏の映画製作を手伝ってくれた人を含め、映研に興味を持ってくれる人も現れるかも知れない。そして校内での知名度が上がれば、新入生の獲得も今程難しいものではなくなる筈よ」

 その話は(もっと)もだった。今までの映像研究部は、ただ映画を観て適当に感想を述べるだけの部活であったことは否定出来ない。が、夏の映画製作を通して、その存在意義は大きく変わったように俺は感じていた。

「新入生歓迎会の部活動紹介の場で予告映像を流し、その日の放課後の視聴覚室を借りて、新しい作品の上映会を行う。新一年生も、もしかしたら二年生も入ってくれるかも知れない。実際にどうなるかは兎も角として、今は動くべきだと、私は思っているわ。それが一つ目の話」

 悪い話ではない、と俺は思った。

 結果新入部員を獲得出来なかったとしても、少なくとも春まで何もしないでいるよりはずっと前向きなやり方だし、俺は夏の映画製作に関して、やりたいのに時間や金銭的な問題で出来なかったことへの未練もあった。何よりも、俺は単純に映画製作をもっとやってみたかったのだ。


「次に二つ目の話をするけれど」

 城之内は、ふと息を吸った。

 それに吸い込まれるように、湖から風が吹き抜けた。三ヶ月前とは違う、冷たい風だった。

 俺は少しだけ寒くて身震いした。城之内は微動だにしていなかったが。

 この日の空は分厚い雲に覆われていた。昼間だというのにやけに暗い。日差しは一ミリたりとも地上に届いていないような気がする。

「私があなたに会って、一番初めに言ったことを覚えているかしら」

 俺はそれを思い出してみることにした。

 あの日、城之内は放課後の教室で黒板を消していた。我がクラスでは全員が何かしらの委員会か係、または部活動の三役等に所属していないといけない決まりがあった為、彼女は転入早々黒板係に任命されたのだ。あれから三ヶ月経った今でも、それは変わっていない。各時限が終わる毎に、城之内は黒板を新品同様に磨き上げている。

「ノークレームノーリターンが信条なの、って奴か」

「それよりも前よ。クラスでの自己紹介の時」

 更に記憶を(さかのぼ)る。ああ、未だに鮮明に覚えていた。

 初めて城之内を見た時、スタイルの良さに驚いたものだ。そして黒板に書いたあまりにも綺麗な『城之内美鶴』という文字すら、俺の瞼には焼き付いていた。そして彼女はこう言った。

海月(くらげ)の恋人を募集中です」

 城之内は「そう」と言って嬉しそうに目を閉じた。

 蓮はそれを聞いて、『ゆるふわ』だとか騒いでいたっけ。

 彼女は湖を向いていた身体をこちらに向けた。俺は蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなくなったような気がした。


「答え合わせをしましょうか」

 城之内美鶴は、電波ではない。

「海月の恋人を募集中、そのこころは」

 そして同時に、ゆるふわでもない。

 その答えにだって、俺はずっと前から気付いていた。

「『痺れるような恋がしたい』だ」

 城之内が口角を上げて静かに笑う。

「正解よ」

 彼女は、他人よりも少し感情表現が苦手で、頭がよく回って、言葉遊びと楽しいことが好きなだけの、思っていたよりも普通の女の子だった。

「そこでアカバ、命令があります」

 そういう時、普通はお願い、って言うんだけどな。

「私の恋人になりなさい」

 そこで俺は、やっと城之内の顔を見ることが出来た。ニヤけてはいない。目付きは冷たいが怒っている訳でもない。いつもの城之内の顔だった。

「俺は、お前を痺れさせる程の器じゃないよ」

 それが俺の答えだった。そう言おうと、心の何処かで決めていたのかも知れない。

 然し、彼女は更にその上を行く答えを用意していた。

「あら、聞いていなかったかしら。一話に一回のペースで『痺れる』と発言しておいたつもりなのだけれど」

 これには参った。例えどんなにシリアスなシーンであろうが、そこにボケが存在する限り、俺はツッコまずにはいられない。


「―――……そんな分かり辛い伏線回収があるか!!」

 こうして、俺と城之内は恋人になった。

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