prologue:記録史上最高気温
「珍しいわね」
彼女は静かな目でそう言った。そして続ける。
「あなたがそんなに、あからさまに、心配して欲しそうに、真剣に、物思いに耽るなんて、アカバ? 槍でも降らすつもりなのかしら」
「他人を普段から何も考えていない奴みたいに言うな」
「あら、違って?」
「お言葉ですが、悩み多き青春に今にもくたばりそうな程、俺は日頃から物思いに耽っているよ、城之内。あと、別に心配して欲しい訳じゃない」
じりじりじりじりじりじりじりじり。
「そう、じゃあ聞かないわ」
「いや……そこは一応聞いておけよ」
スローモーションの沈黙が流れる。城之内はゆっくりと、こちらを向いた。
「……――心配して、欲しい?」
みーんみんみんみんみんみんみんみん。
「敢えて言おう、心配して欲しいとな!」
城之内美鶴は、そう、と言って背の高い広葉樹を見上げた。ストレートの黒髪がそれに呼応するように揺らぐ。綺麗だ。
「それで、何をそんなに考えていたのかしら。アカバ? 私の体重の凡なら、あなたは知っている筈よ」
「ああ……そうだな」
ツッコむのも面倒だ。
茹だるような暑さに、汗が滲む。
「夏だな、と思ってさ」
「ああ、知っているわ――夏厨、という奴ね」
思わず顔を逸らした俺の後頭部にグサリ、と突き立てるように、城之内はそう言った。グサリ。
「違うよ。夏厨は、いつもと同じ夏が来るから騒ぐだろ? 俺はいつもと違う夏が来ているから、改めて、夏だな、と実感しているだけだよ」
「ふうん」
何がふうん、だ。分かったような顔をしやがって。
「例えば?」
心底苛付いているような表情で、城之内はこちらを見た。黒い瞳に映る俺の姿も、陽炎に燃え尽きそうだ。
「と、いうと?」
「例えばどんな事象が、いつもの夏とは違う、というのかしら。アカバ?」
炎天の光線は植物園のガラス製の屋根を屈折しながら透過して、俺たちの脳天に突き刺さってくる。頭は溶けそうになりながらも、次の言葉を探す。
「そりゃ、気温とかだろ。城之内もいるしな」
「そう」
癖のついた橙がかった赤の髪、濃い茶の瞳、一七一センチ五九キロ、十六歳、高校二年生。
「そうだ。気温とかな」
俺、赤羽俊介の夏が始まる。高校生活、二度目の夏が。
「同じことを二度言わないで。時間の無駄よ。同じことを二度言っていいのは私と、私があなたに望んだ時だけよ。次は殴るわ、アカバ?」
「へいへい」
左頬に、鈍痛。