縁起の悪いタイプの白蛇
「バルルルルラ……」
舌を出し、狂気の瞳が三人を見つめる。
アナコンダなんてのとは比べものにならないほどの巨体。全長も数百いや、下手したら数千メートルはあるかもしれない。こんなに図体が大きいのにシュウが知らないモンスターとは、きっと希少種に違いない。
「かかってきな」
バンがバラバラにして売りさばいてやろうと構えたその時、ジャラジャラと鎧の擦れ合う音が近づいてくる。しかもかなりの数だ。
「下がりたまえッ!キミ達ッ!!」
「ここは我らハンターズギルド「極端な尻尾」の私達に任せたまえッ!!」
二十人は下らない数の重装備の者達が、突然周囲に駆け寄ってきた。多分ハンターなのだろうが、少々傲慢な気がする。
ネーミングセンスどうなってんだよ、という言葉をギリギリ飲み込み、なんとなくハンターというものが気になったのでバンは白蛇に背中を向け、ハル達のもとに歩み寄る。
「観察することにした。シュウ、あいつら知ってるか?」
「詳しくは知らない。何せギルド数が多いから、仕事を求めて何でもかんでもかぎつけてくる、もっとくるよ」
「バンさん、あそこ」
「?」
ハルの指先に目線を向けると、戦争勃発かと思うくらいの数のハンター達が、ものすごい勢いで向かってきている。砂埃を撒き散らして、血眼で我先にと走る姿はローマの戦争並の迫力がある。
「ウオオォォォォォォォォオ!!!!」
雄叫びを高々と響かせ、冗談かと思う数のハンターが白蛇に突進してくる。よく見ると六つほどの塊に分かれており、つまりは六つのギルドがこの短時間で到着したことになる。
「一番乗りは我らだ!全員跳躍魔法を使用しろッ!攻撃開始ィィイーーッ!!!」
「バルルルルァァァァァァア!!!!!」
すると極端な尻尾のハンター達が一斉に白蛇に攻撃を開始した。白蛇もやる気満々で巨大な体をくねらせて応戦する。
本当に功績は早い者勝ちらしい。あの数と勢いを見てハルもシュウも安心している。バンもわざわざ面倒事に首を突っ込むこともなくなったと安心する。
「シュウはいいのか?一応ハンターだろ?」
「そうなんだけど……さ……区立ギルドはマスターが到着するまで戦闘許可がおりない仕組みになってて、まだ僕は手出しができないんだ……」
心なしかシュウは悲しそうな顔をしている。
例えるなら、憧れて入った部活動の規律が厳しく楽しさの欠片も無かった、みたいな。
全体的に見れば一進一退の攻防、いや、ハンター達は走り回って様子を見ているだけで、攻撃をしてはいない。
「ぐはァッ!!!」
極端な尻尾の一人のハンターが白蛇の尾に払われた。
車に轢かれたみたいに吹っ飛び、地面に転がり苦痛の叫びを上げている。胸の辺りが異様に凹んでいる。
「何をやっている!跳躍魔法をかけろと言っただろッ!!全く新入りは使えん奴らばっかりだ!!」
逞しい体の老兵らしき男が罵声を飛ばす。
一方で一人の男が白蛇の白銀の鱗を斬ったが、傷一つつかない。逆に剣が削れている。
「マスター!剣が通りませんッ!!」
「そのくらい分かっておるわ!時間が無い!鱗の無い部分を狙えェ!!」
「はいッ!!」
気合いのこもった返事をし、全員が白蛇の顔に集まってくる。
魔法を使おうとは思わないらしい。我が身を危険に晒すことすら分かっていないのか、それとも全員バカ正直か何かなのか、白蛇と正面から睨み合う。
「かかれェェェエーーーーッッ!!!!」
極端な尻尾のハンター全員が鱗で覆われていない部分めがけて無謀にも特攻していく。
しかしあのマスターとやらは、一人で後方で剣を構えているだけ。進もうともせず、ただただアドバイスという名の罵声を浴びせている。
それにしても報酬のために奴隷のようになってあのマスターとやらに命を捧げるとは滑稽な集団だ。
「ガリルルルルァァァァァァア!!!!」
その滑稽さに白蛇も呆れたのか、口を裂けそうな程に大きく開ける。開いた喉の奥から青白い光が迫り、大音響と共に神々しい光が放たれる。
「ウギャァァアアアアアア!!!」
青白い火だ。火はハンター達を無慈悲に燃やし、鎧などはものともせずに人体ごとドロドロに溶かしていく。
鎧も皮膚も肉も骨も、全てがシチューのように混ざり合う。相当な高熱なのだろう。数秒もしないうちに極端な尻尾のハンター達は燃え、見るも無惨な姿でのたうち回る。
「アアアアアアアアアアアア!!!!!」
「クソォォォォォオ!!!溶ける!!溶ける!嫌だアアアアアアア!!!!」
「たっ、助けて!まだ死にたくない!痛い!!痛ぇよオ!!死にたくないよォオーーーッ!!!!」
悲嘆の叫びは草原を響き渡り、他のギルド達を怯ませた。バンはハルの目を塞ぎ、その光景にしびれを切らす。
ハルを人形みたいに持ち上げて後ろを向かせて、白蛇に向かって歩き出す。その時、裾をシュウが掴み、制止した。
「ま、待って!バンが死んでしまったら……」
「……死んでしまったら?」
「…あの………その……」
「旅人を死なせたらマスターに怒られる、か?ギルドから追放される、か?」
「…………」
シュウは図星だったのか、黙りこくる。
厳しいギルド。子供のころに夢に見た景色とはかけ離れた自由でも何でもない、奴隷のような仕事。
バンはシュウと目を合わせ、透き通った涙の瞳を見つめる。
「そこまで大切なギルドなのか?そこまで理想通りのギルドだったか?我慢強さは他の所で使いな。お前も一緒に戦うんだ。ハンターならハンターらしく、俺を助けてみろ」
「………でも」
「その肥溜めの鼠以下のクソみたいな性格したマスターは、俺がぶん殴ってやる。俺は腕っぷしには自信があるんだ、安心しな」
「………バン……」
その時、白蛇が鋭い瞳で二人を捉えた。
「ブルシャァァァア!!!」
「後ろ!バンッ!!!」
背後から迫る広範囲の蒼炎。叫ぶシュウの視界に入ってきた光をも打ち払う雄志。
バンはシュウに背中を向け、手を横に振っただけで、一瞬にして全ての蒼炎を薙ぎ払った。その強者の風格ある姿でシュウの心にも光が灯り、勇気が湧いてくる。
「俺は死なない、お前も死なせはしない。さあ、弓を構えろ、シュウ」
「………ああ!」
「害獣駆除再開だ」