通過点―ハスリース区
「ここは……ハスリース区だな。世界有数のモンスター被害が多い区で、比例してハンターズギルド及び登録ハンター数は世界一の数を誇る」
区境をくぐり、ジャングルみたいに木々が生い茂った中にある道を通りた三人に、ナツがツアーガイドみたく説明する。
登録ハンター数の集計発表が全世界に出てる感じからして、昔とあまり変わらないところもある。そういう基礎的なデータはありがたいにはありがたいのだが
「思ったんだけどさ……なんで付いてくんの?」
「うっ…!………お、お前がいつハルを襲うか分からないからな!護衛だ護衛!」
「ナツ、いらない」
ハルが遂に、言った。
「はぅっ!!?」
「故郷に帰ってもいいんだぞ」
「立ったまま気絶してます。さっさと行きましょう」
なんかハルが毒舌になっていくような……。
目の前に広がるのは色が統一された開放感のある街。アンティーク調な物がよく目に入り、モンスター被害があるとは到底思えない。真っ直ぐ遠方には、王城も見え、世界政府がいて区で分割されてるのに王室があるのかと困惑してしまう。
そんなことを思って大通りを歩いている時、二人の目の前に突然一人の男が滑りこんでくる。
ダンディーな鬚を蓄え、手には紙を束ねている。
「ヘイ兄ちゃん!イカしてるねェー!どう?うちのギルド、登録簡単で入会費だけ払えば防具武具使い放題!!他にこんなギルド無いよォ~!」
「もう間に合ってます」
男は落胆した様子で去って行った。
ギルドってそういうシステムだったのか。てっきりけっこう厳粛な雰囲気で加入して黙々とモンスターを虐殺するものかとばかり思い込んでいた。しかも客引きも進化しすぎだ。
「え、バンさんもうギルドに入ってたんですか?」
「いや、入ってないけど」
「何だってェッ!?」
適当に流したと思ったら、フィギュアスケートのような華麗な動きで再びさっきの男がやってきた。と思ったら、あちらこちらから客引きが現れる。ここまで厄介なのは見たことがない、鬱陶しいにも程がある。これで加入してくれると思っているのか。
「ヘイ兄ちゃん言い逃れは出来ないよオォーッ!!!」
「おいクソハゲ!その兄ちゃんは俺んとこの仲間になんだよ!」
「何言ってんのよ!私のギルドメンバーよ!!」
耳が爆発しそうだ。うるさい以外の言葉が浮かばない。
「ちょっと君達ッ!!!」
その時、大通りのど真ん中を悠々と歩き、一人の若い女が怒号を飛ばした。
「強引なメンバー募集は謹慎処分って言ったよね!!」
「げっ!モンスーンの奴らだ!」
すると客引き達は一目散に逃げていった。
客引き自体は許可されているのか。変な世の中だ。
モンスーンというギルドは、何か大きな権力を握っているに違いない。後々役立つだろうから覚えておこう。
女はオレンジ色のボーイッシュな型の髪を靡かせ、全体的に褐色を基調とした装備。軽装ではあるが肌の露出はなく、背中に大きな弓を担いでいる。
「大丈夫?旅の人」
「別になんとも。それより、よく旅人だって分かったな」
「客引きは旅人を見極める魔法がかかってるから、住居か区外の人にしか話しかけないの。僕は客引きじゃないから安心して。そうだ、案内してあげる。ハスリース区はいろいろとあるからね、どこでもいいよ」
最初は通り過ぎるだけのつもりだったが、気が変わった。ハンターズギルドやモンスター、きっと重要なはず。丁度この女も物知りそうだし、観光ついでに調べていこう。
「モンスターが見える所とか、あとギルドのことも教えてほしい」
「モンスターの見える所……ケイブリニック自然公園がここから近いし、案内してあげる。ギルドのことは進みながら話すよ。僕は区立ギルド「モンスーン」の射手、モネータ・シュウ・ハスリース。よろしく」
「俺はバン」
「私はハルです。バンさんは渡しませんから」
「?」
シュウが首を傾げながら子供の戯言だろうと微笑む。
モネータ・シュウ・ハスリース。生まれも育ちもハスリース区というわけか。南斗六聖拳の一つを担っていそうな名前だが、語呂が少し悪い気もする。
シュウ曰く、ギルドは個人で立ち上げることができるらしく、区への登録も無料。そのため一人しかいないギルドなんてものもあるらしい。仕事はモンスターの討伐から護衛や採集まで様々。
アキの所属するギルドは特別で、区立のギルド。観光案内もやっている、公務員みたいなものだ。
広大な自然風景が視界いっぱいに広がり、目の前には草原と山々が見える。鮮やかで目新しく一望千里だが、モンスターらしき生物はまだ確認できない。
「ここがケイブリニック自然公園。世界第ニ位の面積で、モンスター達はたまーに襲ってくるけど、その時は僕の麻酔弓で一発だよ」
一部分だけ土が露わになっている道を3人は歩き、雄大な景色を眺める。
「あっれー……?モンスターがいない……いつもはフワフワとかがよくいるんだけど……」
さっきからモンスターはおろか3人以外に何の気配もない、探知系魔法を覚えていないのはかなり損だった。
フワフワというネーミングセンスにはあえて触れない。
その時、シュウのもとに一羽の鳥みたいな生物が駆け寄ってきた。可愛げなサッカーボール程のサイズの小さな鳥。嘴はあるし翼や足もあるが、丸すぎはしないか。
ピヨピヨと鳴き、シュウに突撃している。
「アハハハハっ!くすぐったいってば。これがフワフワ。ね?可愛いでしょ?」
「これはやばい」
ハルとシュウはフワフワを舐めるように撫でる。
端から見ればただ戯れているだけだが、バンには分かった。その鳥は警告を送っている。何か強大な敵が迫っているという警告を。
しかし周りにはそのフワフワ以外のモンスターは見えない。やはりただの戯れだったのだろうか。
「!」
感じ取れた。微細な地響きが、ほんの少しずつ大きくなっていく。
「二人共!下だッ!!」
「うぉえっ!?」
「きゃぁっ!!」
巨大な震動を感じたバンが咄嗟に二人を抱え、その場から数十メートルの位置に一瞬で移動した。
直後、土を四散させて天にも昇る勢いで這い出す。
地面から飛び出してきた巨大な蛇。白銀の鱗を身に纏い、斧の刃のような角が全身に生えている。禍々しく下顎は空洞になっており、そこから酸性の唾液を垂れ流している。
「バルルルルルルルル………!!!」
体を全て出し、不気味な声を上げる。
「たまーに襲ってくるモンスターとやらがこんなえげつないのでいいのか?」
「………し……知らない……こんなモンスターこの自然公園にはいない!」
シュウが未知の相手に怯えている。
そしてハルは怯えるというより、既視感のほうが強かった。あの禍々しい雰囲気、どこかで見たような気がする。
外来種ってことか?まああまり分からないが、外来種なら駆除してやろう。蛇なんてのはお手のものだ。
「害獣駆除なら任せとけ」