北上案計画中区内逃亡中
ビルビア区のかなりの辺境にある街。話が終わる前に衛兵隊が来なければいいのだが……。
バン一行がいるのは、人々が集い、賑わいを見せる店。周りには商人等とは違い、ゴツい鎧を纏った屈強な男達がけっこう見られる。モンスターというのがいれば討伐する者がいるのは当然か。
昔で言う居酒屋のような、ごった返した空間で久々の飯を喰らう。金は例の犯罪集団のアジトから根こそぎかっさらってきたので底無しも同然だ。
「あーん可愛いィーーッ!!!」
ナツがそのハンドボールのボールみたいな胸をハルの横顔に押し付け、人目も憚らず妖しい笑顔を浮かべる。
「肉で息苦しいのでどうにかしてもらえませんか」
「あんまり目立たないでくれよ。ただえさえ犯罪者が二人もいるんだから」
「犯罪者とは何事だッ!私は至って健全な……健全だぞ!」
「今の状態で言われてもね」
肉や魚や野菜。色とりどりの料理と飲み物が運ばれ、ナツはそれを頬張る。付いてきてるのも厚かましいというのに、可笑しな奴だ。
バンは水を飲み、ハルはジュースを飲み干す。
「……一旦落ち着いたところで、一から話そう」
「おかわりください。………ん、どうしました?」
バンは猫目になり、可愛らしさから無意識に許してしまう。
ハルもかなり久しぶりのマトモな食事だろう。バンとは比べものにならない空腹感があったはず。にしても横の女はいつまで手を動かしているんだ。
「さっきの一件がいい例だったと思うけど、簡単に言うとだな、俺は不老不死だ」
「………はぇ…?」
「はぇ?じゃない。絶対に歳はとらないし、絶対に死なない。今の年齢は23で固定してる。たとえ体が内部から吹っ飛んでも体は自己再生する。オーケー?」
「……おぅ……?け……?」
「ごめん、そこには触れなくていい。つまりだな、死ねないんだよ。分かる?」
ハルは顔を動かさないままジュースを飲む。
今までにない反応なので、バンも微妙に戸惑ってしまう。英語が分からないのは普通だし、不老不死が理解できないのもまだ子供だから、仕方ない。
永遠の23歳。不死には体をくっつける接合と、切断面から体かま生えてくる再生のニ種類がある。接合は面倒なので大体は再生で済ませている。
「死なない……モンスターに食べられても?」
「死なないさ。ただ、排泄されるか脱出するかしないと永遠に出られないけど」
「燃えても?溺れても?」
「死なない……というより、死ねない。………大まかな事は分かったか?それでハルには、俺のやりたいことに付き合ってもらおう。いいか?」
「はい!」
無駄に元気な返事をする。
ふとさっきの槍で脳天を貫かれたバンの姿を思い出していたのだが、何かのマジックかと思い込んでいた。死なない……東北区にいるとあるモンスターは死なないなんて、主の世間話で聴いたことがある。
バンは一瞬迷った。ここまで慕ってくれて、人を殺すことに嫌悪感を覚えている少女にこの事を話して、正面から向き合ってくれるだろうか。彼女は受け入れてくれるだろうか。
上手く誤魔化して、結論へと近づけていきたい。
「…………」
「バンさん?」
「ああ、すまん。俺は世界の全てを知りたい。だから、世界を旅して回る」
考えている内に、咄嗟に嘘をついてしまった。取り返しがつかない。これが正しかったのか、やがて分かることだろう。
「バンさんなら出来る気がします!」
「そりゃあありがとう。だからそのために、世界の中枢部とか、伝承とか噂でもいい、情報が欲しいんだ。……そういえばモンスターというのがいるらしいじゃあないか、それも色々と知りたい」
「世界の中枢は……シズ区だと思います。すいません…他のことはあまり……」
シズ区、またどこにあるか分からない区域だ。捜すのが面倒くさいから地図が欲しいところ。この世界で最強などと謳われる情報を一番とし、一世紀ほどかけてこの世界の全てを知ることが毎回の目標。
「それなら、グレーバー区に行けばいいんじゃあない?」
「グレーバー区?」
食べ物を頬張ったまま、ナツが上目遣いでまた新情報を教えてくれた。
犯罪者だがハルよりは詳しい情報を知っていそうな気がする。俺の世間知らずっぷりも分かっているようだし、二人目の仲間というのも、悪くはない。
「北にある極寒の世界政府直轄の特例区域だ。世界で一番科学が発達した区域で、政府の陰謀とか世界を滅亡させるとか、噂と謎の多い。本来は関係者以外立ち入り禁止だが、バンなら行けそうだな」
「俺なら?」
「死なないんだろ?だったら無理矢理にでも検問所を突破できるはずさ」
バンは呆れた表情を浮かべる。無理矢理とかそういう話ではない。穏便に行きたいのだ。まあ、もう犯罪者ですけども。
まずはグレーバー区、シズ区、この二つを目標としよう。時間はたっぷりある、特にグレーバー区なんて、この世界の科学レベルを見てみたいものだ。あと、東西南北の概念が存在するのも少し疑問だ。
「あ、あの……バンさん」
「?……どうした」
「その……無理だとは思うんですけど………アクィトス区にも行きたいなー……って」
ハルが謙虚に目を泳がせ、ジュースを喉に通す。
アクィトス区……そういえば、ハルの出身区はそこだったな。しかし不思議だ。確かハルは親のせいでアクィトス区を追放された身。なぜわざわざ故郷に帰ろうと言うのだ。
「別に答えなくてもいいけど、何をしに行くんだ?俺的には、ハルに嫌な思いはさせたくないんだが」
「その……私って何にも出来なくって……力になりたいから、お父さんが遺してくれた物が必要で………」
「ハル……お前、良い奴だな。もちろんいいぞ!」
そんなことを思っていてくれたとは、俺は感無量だ。父性が出てきてしまうではないか。やっぱり旅にはお供が必要不可欠だということが、身に染みて分かる。
バンの言葉を聞いた瞬間ハルの顔が太陽の如くパァッと明るくなる。
「あっ、ありがとうございます!」
店外にて
「ほら、地図だ」
ナツがクルクルに巻かれた紙を投げ、バンがそれをキャッチする。ナツが地図を持っているがデカいと言うので、外で開けることにしたのだ。
無駄に大きな地図を広げ、最初に入ってきた情報にバンは目を疑った。
「なんだこれ……おいナツ…南半球の大陸はどこだ?この地図、デタラメにも程があるぞ」
その地図は、まるで切断されたかのように、いくつかの大陸が綺麗に無くなっていた。南米、豪州、アフリカやその他島々や国々まで、陸地が全て海に変わっているのだ。所々、海に沈んで陸地面積の減っている部分も見える。
「みなみはんきゅう?何を言っている。ビルビア区が最南端の区域だぞ」
「やっぱり……この世界、何かおかしい」
ビルビア区は確かに最南端の、少し突っ張った部分に記してあった。よくよく目を凝らせば、ビルビア区は半円状が連なった形の沿海部をしており、どう考えても生物の力が加わったおかしな形をしている。さっき崖で見た光景と一致する。
ナツですら南半球という言葉自体を知らない様子。眠りから覚めたら大陸が削れているのは初めてだ。
「グレーバー区はここ、シズ区はここだ。あとアクィトス区は、ここにある」
グレーバー区は北にある細長い剃り間違えた眉毛みたいな部分とその左上にある島。
シズ区は昔で言うロシアの左半分未満の巨大な面積。まるでグレーバー区を守るために作られたような、そんな気がする。
アクィトス区はヨーロッパの左下のあたりにある。
大陸が消えたことも後で調べることにしよう。
「丁度良い位置だな。アクィトス区→シズ区→グレーバー区という感じで行く。店にいた奴が使っていない家を貸してくれたから、休んでから明日出発だ」
ハルとバンって、字面的にたまに間違えてしまいそうです。