6 崩壊
「結局のところ、あなたは現実から逃れられていないのよ」
あまりのことに呆然とする僕の表情など気にすることもなく、彼女は続ける。
「授業を放棄した生徒みたいに、あなたは何も得られていないわ」
「――うるさい!」
「あら、ずいぶんと過剰じゃない? 図星なのね」
やっとのことで吐き出した言葉を、彼女は嘲笑い、一蹴する。その様子は僕が心のどこかで感じていた、危機感みたいな不安を煽るのには十分だった。
「どうしてここにいる?」
雨中のはるか後ろ、閉ざされたままのドアを見ながら問う。
「何しに来た?」
「屋上でいかにもこれから自殺しそうな生徒を止めるのは教師の義務でしょう」
「答えになってない。それにここは学校じゃないだろう?」
「そうね」
彼女は冷笑めいた表情のまま、黙りこむ。僕はその様子が嫌で、視線をそむける。心を落ち着かせるように眺めた景色は、相も変わらず濁り、淀んでいて、かえって不安を掻き立てるようだった。
「じゃ、言い方を変えましょう」
降り注ぎ続ける雨の冷たさに辟易した頃、ようやく彼女が話し出す。
「あたしは――あたしの子どもであるあんたの自殺を止めに来たの」
無意識に、僕はまた耳を塞いでうずくまっていた。目を瞑って。首を振って。すべてを否定するように。
「何? 何をしているの?」
それでも彼女の声は、すぐ耳元で囁くように、あるいは見えない煙のように、きつく閉ざした指のわずかな隙間を見つけて入り込んでくる。直接脳に響いてくる。
「そんなことであんたの現実は離れない。その存在も、事実も、『あたしの子ども』という真実もね」
僕のなかの何かが少しずつ壊れていく。それを実感しながら、耳から手を離し、目を開く。あまりに無抵抗で無力な自分――。そこにいたのは、彼女の言う通り、あのときから何も変わっていない自分だった。
「で、どうして捨てたの」
「え?」僕は彼女を見上げる。
「万年筆よ。あたしの万年筆。結局あんたにあげたけれど」
今度は僕が黙りこむ番だった。話すことは、自分の瓦解を助長するだけだと、心がそう告げていた。
「言えないの?」
「ああ」僕は立ちあがると同時に、息を吐くように言う。
「もしかしてだれかに壊すように言われたの?」
すでに壊れ始めていた何かが、音を立てて崩れる。
「まさかあの人に命令でもされたわけ?」
がらがらと、音を立てて崩れる。
「あんたのニセの母親に」
そして僕の現実は完全に崩壊した。