Report-√16 整数って意外とスゴい[前編]
「先輩、整数って結局なんなんですか。」
「これはまた……大きく出たな。」
相変わらず、質問の声は紅花だった。しかしその突飛とも言える質問は、流石の龍弥も一瞬たじろいでしまうくらいだった。
「整数がなんなのか……。たしかにあたりまえにあったから考えたともなかったわね。」
「言われてみるとそうだな。俺も深く考えたことはない。」
と、高校2年生組の2人がそう言う。
「まあ、あたりまえの探求もたまにはいいんじゃない。」
「そうだなあ。じゃあ、今日は整数の性質ってことで。」
龍弥と黄乃がそんなことを話している。どうやら、今日の議題が決まったようだった。
「じゃ、今日は整数についてやるぞ。」
【整数の性質――四則演算】
まあ、一口に整数っつっても、まあ無限にあるわけだからとりあえず例だけちょっと挙げるな。例えば3、例えば0、例えば-6、例えば3257。
整数に共通することとして、1の位以下がない。あたりまえだけれど、ない。
あたりまえなんだけれど、絶対に吐き捨てちゃダメなことだよ。大切なんだから。
なにより、1の位以下がないことによって数えることができるんだから。
例えばここにリンゴがいくつか並んでいる。それを数えれば何個あるかもわかるし、もし分けるなら1人何個貰えるかとかも考えられる。
でも、もしここに中途半端なリンゴの切れ端が含まれていたら、数えられないよな? そりゃあ半分ですーとか、3分の1ですーとかわかりやすかったらいいけど、角切りにされたリンゴがあって、このリンゴはリンゴ何個分ですか? とか聞かれても答えようがない。
逆に人が3.7人いますなんて状況も困る。というかむしろホラー。0.7人は一体どうしたんだよ。
つまり、整数っていうのは数えることの原点ってわけ。
まあ、今は技術やらなんやらがなかなか進歩してくれてるから、ものによっては小数点以下をはかる方法はあるんだけどね。
とまあ、整数って数えられるってこと。これ大事。
ちなみに整数は3つに分けられる。流石にわかってると思うから聞きはしない。自然数(正の整数)、0、負の整数。この3つ。
それぞれ性質が違ってくるから順番に説明していくぞ。
まずは自然数。別名正の整数。人間が最初に見つけたとされる数字だ。
加算と乗算では計算結果は常に自然数となる。
減算ではA-BでA>Bのときは自然数、A<Bのときは負の整数となる。A=Bのときは0な。言わずもがなだが。
そして除算、コイツばっかりは曲者で、正の数しか出てこないんだが、自然数とは限らない。正の小・分数が出てくる。
もちろん、A÷Bのとき、Ak=B(kは自然数)のときは自然数が答えになるし、そうじゃないときは正の小・分数が出てくる。
まあ、自然数についての簡単な説明はここまでだ。もっと詳しく知りたければ後で個人的に聞きに来い。
正直、自然数だけだと相当に単純だから。まあ、その分重要なことも多いんだけど。
さて、続いては0。整数の中では2番目に見つかった数字だな。この数字は別名悪魔の数字とも呼ばれる。
ちなみに0については加算減算については説明するまでもなく無抵抗だし、無力を貫き通す。1+0=1だし、2-0=2だし。
けれど、知っての通り掛け算では異様なまでの威力を発揮する。いかなる数字でさえもその0に内包してしまうという悪魔的な力。
そして、三角比の時にちょっとだけ言った、禁則事項「÷0」もあることだし。とにかくコイツは強い。
まあ、なんで加算減算では無抵抗かつ無力な0が乗算除算ではこんなにも強いのかは、それは加算減算のもととなる数字が0で、乗算除算のもととなる数字が1っていう風に差があるから……なんだけど、これをやるなら群とかの話をしなきゃだから今はちょっとだけパス。
そのかわり、÷0について話そうか。
なぜ、÷0が禁止されているのか。理由は簡単。計算が狂うから。
その理由を式を使って見ていこう。
まず、次の2つの式は正しい。
1×0=0…①
2×0=0…②
①=②より、1×0=2×0になるんだ。まあ、ここまでは問題ない。
しかし、問題があるのは次。ここで、÷0をしていいものと仮定しよう。すると、どうなるだろうか。
両辺には×0が掛かっている。つまり、×0を÷0で消すことが可能になる。可能になってしまう。
すると、こんなことが起こる。
1×0÷0=2×0÷0
1=2(?)
さて、もうわかるだろうが、この式は間違いだ。
1≠2
1は1、2は2だからね。この2つが等号で繋がれるなんてことはかなり無理やりに条件をつけるしか方法はないだろうが、まあ、そんなことは考えなくてもいい。とにかく、1=2は間違いだ。
では、どこで間違えたのだろうか。俺はたった1つの仮定を除いて、残りは決められたルールに従ってでしか式変形を行っていない。
そう、÷0をしていいものと仮定した以外には、何も間違ったことをしてはいない。逆説的に言うと、÷0をしてしまったことが間違いなんだ。
ということは、÷0はしちゃダメ。これにて証明終了。
最初に証明したいことの反対を仮定して、それがおかしいことを証明する。こういう証明方法を背理法という。
ちなみに少し複雑になるが、極限という考え方を使えば÷0を半ば強制的に実行可能にすることができる。ちなみに答えは∞だ。
また、∞相手のときのみ×0は0じゃなくなる。∞×0の答えは不定形が正解になる。
こいつらの解説も後日ってことで。
さーて、整数の四則演算も大詰め、負の整数。
っていっても、0に比べりゃかなり単純だよ。
負の整数同士の加算は負の整数にしかならないし、自然数と負の整数との加算は絶対値の大きい方の符号になる。
減算は減算で、負の整数同士ならA-Bのとき、A>Bで自然数に、A<Bで負の整数に。A=Bで0にっていうふうに、自然数同士と同じくになる。というか、負の整数と自然数で減算しても同じことが言える。減算は組み合わせによらず共通ルール。
乗算と除算とは負の符号に振り回されてわかりにくいって人が多いんだけど、そういうときは乗算ってなんだっけってところに戻るといい。
例えば、-12×(-3)を計算するときに、これがなんで36になるのかわからないってとき、こう考えるといい。
まず、-12っていうのは、12を1回引いた数字だ。つまり言い換えると12を-1回足した数字になる。~回足すっていう行為は乗算で表せる。つまり12×(-1)が-12になる。-3も同様に3×(-1)だ。
そしてこれらをもとに式変形をすると、
-12×(-3)=12×3×(-1)×(-1)=36×(-1)×(-1)
さっきの言い方でいくと、-1×(-1)っていうのは-1を-1回足した数字。つまりは-1を1回引いた数字。
ちょっと強引になるけど、-1を1回引いた数字ってことは、1回引けば-1になる数字っていう風に言い換えられる。もちろん、0から見た話なんだけど。
まあ、わかっての通り、そんな数字は1しかありえない。
よってさっきの式は、
36×(-1)×(-1)=36×1=36
っていうわけ。除算も同様に導き出せるから試してみるといい。
とまあ、こんな感じで四則演算はここまでだ。
「いつもみたいに間を挟まないで一気にいったが、大丈夫か?」
「大丈夫……なような、大丈夫じゃないような……。」
紅花はどこか虚ろそうな目でそう答える。その様子に龍弥は少し申し訳なくなる。
「まあ、俺はとりあえず理解できたかなーって感じっす。なんか、整数って凄いなあっておもいました。正直、舐めてました。」
「私も。あんまり考えたことなかったけど、改めてみるとしっかりしてるし、凄いわね。」
匠の言葉に英莉が賛同する。
「おいおい、おまえら、龍弥は四則演算はとしか言ってないぞ? ってことはつまり、」
仁志が苦そうな顔でそう言う。
「ああ、期待どおり、整数の凄さを今以上に痛感させてやる。」
ものすごく楽しそうな顔で、まるで無邪気な子供のように龍弥は笑っていた。