Report-log100 三角比
ここでのlog100は自然対数で計算しています。
「ぶちょーさん!ぶちょーさん!」
机に左手を当て、右手をピシッと挙げて彼女は机に身を乗り出した。
「前に言ってた、えっと…なんだっけ…。あっ、そのですね、シンとコスって何ですか?」
「シンと…コス?」
行儀が悪いと紅花に座らせている匠をよそに龍弥はそう呟いた。
「あー、あれよ。紫崎くん。sinとcos。」
「あー、なるほど。ってsinとcosってそのまま読んだのか。」
なるほど。と、少しおかしく思いながら龍弥は理解した。
「じゃあ、今日は三角比と三角関数の話でもするか。」
「まず、今言った三角比について話すけど、まず三角比って何なのかって話からじゃないとわからないよな。」
龍弥がそう聞くと、紅花は思いきり縦に頭を振った。
だよな。と言いながら龍弥は座っていたイスから立ち上がり、紅花や匠の後ろ、ホワイトボードの前に立った。
「まず、三角比を考える上で一番始めに考えるべきものは直角三角形だ。」
そう言いながら龍弥は黒色のペンの蓋を外し、フリーハンドで手早く直角三角形を書く。多少歪んでいるが綺麗な直角三角形だった。
「直角以外の鋭角を一つに定めるとき、そのときの辺同士の比を三角比という。」
「ちなみに、三角比には六つあるけど、よく使われるのはそのうち三つだけ。はい、鈍川。」
黄乃がサラッと指名を入れる。
「ええっ、俺!?」
突然の名指しに動揺しながら仁志は指を立てて確認をした。
「sinとcos、それからtan…だよな?」
仁志の言葉に対応するように龍弥はホワイトボードにそれぞれを書いていく。
「それぞれsinが正弦、cosが余弦。tanが正接と言われる。」
まるで授業をしているように龍弥は書き込みながら話す。
「ちなみに、残り三つはsec、csc、それからcotよ。」
今度は黄乃がイスから降りるとそのイスを動かしてホワイトボードの前に置き、そのイスに乗った。
「それぞれの綴りはこうよ。」
そう言いながら彼女はスラスラとペンを走らせた。
・sin(正弦)…sine
・cos(余弦)…cosign
・tan(正接)…tangent
・sec(正割)…secant
・csc(余割)…cosecant
・cot(余接)…cotangent
「黄乃さん黄乃さん、質問です。なんで余割…?だけ頭文字三つじゃないんですか?」
「単純に考えてみればわかるわよ。そのまま三つで見てみたとき、余弦と比べてみなさい。」
黄乃の言葉にジーッと書かれた単語を眺めてしばらく。あっ、と声を上げてスッキリした表情をした。
「そのまま三つにすると余弦と余割がおんなじになっちゃうんだ。」
そう。と、黄乃が肯定をした。
「そのため、余割だけはcosecと略す場合もあるわ。」
そう言いながら、補足として右に書き足した。
「龍弥、そっちの準備はいいかしら?」
「万全だ。いつでも始められる。」
ふと四人が龍弥の手元を見ると、そこには先程の直角三角形の各辺にa、b、cと書き込まれた状態のものがあった。
「斜辺をc、高さをa、底辺をbとする。」
まあ、このアルファベット自体に意味はないから適当なのでも構わない。と補足しながら彼は続けた。
「このとき、それぞれの関係性は次のようになる。」
・sin…a/c(高さ÷斜辺)
・cos…b/c(底辺÷斜辺)
・tan…a/b(高さ÷底辺)
・sec…c/b(斜辺÷底辺)
・csc…c/a(斜辺÷高さ)
・cot…b/a(底辺÷高さ)
「うー、何が何だかごっちゃごちゃになりますね…。全然分かんないです。」
「あんまり深く考えないでいいわよ。そもそも下三つに関してはあんまり使わないしね。」
紅花のぼやきに黄乃がそう言った。
「じゃあ、しばらく私が説明しておくから、単位円での六つの関係性、お願いね。」
「了解。」
黄乃が何かを龍弥に頼んだあと、黄乃が四人に顔を向けた。
「じゃあ説明するけど、とりあえずsinとcos、それからtanの関係性を見ていくわよ。」
そう言うと、妙にいい笑顔で黄乃は言った。
「はい。白石さん。三角比の相互関係。書き出して。あ、角度はθでお願いね。」
「ええっ!」
急に矛を向けられ英莉は一瞬驚くが、スッと立ち上がってホワイトボードに向かい、黄乃からペンを受け取る。
「こう…よね?」
①tanθ=sinθ/cosθ
②sin^2θ+cos^2θ=1
③tan^2θ+1=1/cos^2θ
「正解よ。それぞれの証明はできる?」
黄乃にそう尋ねられ、英莉は額に手を当てる。
「やった気がするけど、あんまり覚えてないわ。ごめんなさい。」
英莉がそう答えると黄乃は笑顔で答える。
「大丈夫よ。人なんだから忘れることだってある。今から説明するわ。」
【証明】
まず、①を示すんだけど、これはすぐにわかる。
右辺の式通りsinθ÷cosθをすればいいの。
・sinθ÷cosθ=a/c÷b/c
もうわかると思うけど、これを計算して約分すればa/bになる。
a/bってtanでしょ?だからtanθ=sinθ/cosθになる。
「ここまではわかった?」
「うん!」
紅花は思いきり頷く。
じゃあ、今度は②を示すわね。
ピタゴラスの定理は覚えてるよね?あれを使うんだけど、そのままだと使えないからちょっと細工をするわね。
・sinθ=a/c c・sinθ=a
・cosθ=b/c c・cosθ=b
これでピタゴラスの定理が使えるようになるから使うわね。
・a^2+b^2=c^2
c^2・sin^2θ+c^2・cos^2θ=c^2
両辺をc^2で割る。するとsin^2+cos^2=1になるわ。
「なんとなくわかるような…わからないような…。」
紅花が頭を抱えながらそう呟くと、これまでずっと黙ってみていた匠が口を開いた。
「これ、どうしてsinやcosに2乗をつけているんですか?値を2乗するならθの横につければ…。」
その質問に待っていたと言わんばかりの表情を見せて答えた。
「いい質問です。というか、これを待ってました。というのも、」
彼女はホワイトボードに二つの式を書いた。
・sinθ^2
・(sinθ)^2
「この二つの違い、わかるかしら。」
匠はしばらく考え込んで、なるほど。と呟いた。
「え、待って私まだわかってない。」
紅花は焦った声色でそう言った。
「上の式はθ自体を2乗しちゃってるんだよ。」
黄乃はその答えにコクリと頭を振る。
「えーっと、どういうこと?」
「また後になるんだけど、弧度法って言ってこのθには角度だけでなく普通に値を与えることをするから、そのためにね。」
黄乃がそう答えるも紅花はまだわかっていない様子でいた。
「それって、sinθを2乗することとまた違うの?」
「そうなるね。まあ、たぶん後でわかるから今はいいよ。」
黄乃がそう言った。
「じゃあ③を示していくわよ。」
③なんだけど、これは①と②を組み合わせて考える。
とりあえず②を見てみるね。
・sin^2θ+cos^2θ=1
次に両辺をcos^2θで割る。
・sin^2θ/cos^2θ+1=1/cos^2θ
この式にあるsin^2θ/cos^2θ、これを①に当てはめて考えてみる。普通に計算してもいいけど、指数法則で考える方が早いわね。
・(sinθ/cosθ)^2+1=1/cos^2θ
tan^2θ+1=1/cos^2θ
「はい。Q.E.D.」
パンッと手を打ち合わせて黄乃はそう締めた。
「え、なんて?」
紅花は最後に黄乃が放った言葉が何なのか、と尋ねた。
「Q.E.D.です。Quod Erat Demonstrandum、ラテン語で“かく示された”って意味で、まあ、簡単に説明すると証明修了って感じで使う言葉ですね。」
「おい、黄乃。」
ここまで一人で作業していた龍弥が言葉を挟んだ。
「準備できたぞ。」
龍弥の目の前には、ここまで準備していたものが描かれていた。
「じゃあ、続きは任せました。」
「任された。」
龍弥と黄乃がパンッと互いの手を打ち合わせた。
備考
紅花はテンションが上がっていたり、さまざまな要因によって龍弥のことを「ぶちょーさん」と呼びます。
計算注釈
a^b…aのb乗
a・b…a×b
a/b…a÷b