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Report-cos90° 記録をつける前に

 ガチャリ。

 差し込まれた鍵を引き抜き、ドアノブを捻ってから、ドアを前に押しやると、ギシギシと少し(きし)みながら扉は開かれる。

 決して広いとは言えない部屋の中にあるのは、少し(ほこり)っぽい空気と、窓から差し込む木漏れ日。

 もとは綺麗な白色だったのだろうが、既にくすんで黄色っぽくなってしまっている壁。その壁にくっつけられて置かれている古ぼけた本棚に所狭しと並べられているのは、新旧揃ったたくさんの本たち。

 開かれた入口の目の前にあるのは、煩雑に、しかしながら話し合いができるようにくっつけて並べられた個人用の机とイスたち。入口から見て左側の壁に掛かっているのは黒板代わりの真新しいホワイトボード。右側には、何もない少しのスペースがあって、壁には、これまた古ぼけた黒板がある。

 これがこの部屋。青鈴(せいりん)高校にある、数学研究部の部室。旧校舎にある、第二数学研究室。教室よりも少し狭い部屋の中は、上に示したような状態になっている。

 もちろんながら本棚に並んでいた本たちは、そのほとんどが数学に関連する本であり、もともとこの部屋にあったものから、買い足したものまで様々である。

 入口付近にある電灯のスイッチに手をかける。電源を入れると、天井に設置されている端の黒ずんだ蛍光灯が、点滅しながら時間をかけてその光を安定させる。

 旧校舎のそのほとんどは基本的に使わないようなものを置いておく倉庫として使われており、その旧校舎のかなり奥の方にあるこの教室には、ほとんど人が寄りつかない。旧校舎自体に訪れる人はまず少なく、また、訪れる人は数学研究部の部員。もしくは、同じくこの旧校舎の一室を部室としている文芸部くらいだろう。

 まあ、誰かが来たとしても、わざわざ数学研究室なんていう教室に入ってみようなんていう物好きはあまりいないだろう。仮にそんな人がいたら、その人はきっと、かなりの数学好き。もしくは好奇心旺盛な人物だろう。

 扉を開いた人物の後ろには、ついて回るようにして動いている少女。いや、この高校という場所に居るということが全くもって違和感でしかない"幼女"。

 この部活の部長、紫崎(しざき) 龍弥(りゅうや)と龍弥の家に居候(いそうろう)している月見里(やまなし) 黄乃(きの)だ。

 彼らは扉を閉じると、並べられた机のうちの一つ。入口に対して奥側に置かれており、他は向かい合うようにして並べられているのに、そのうち一つだけ全体に対して垂直に並べられていて、横を向かないでも他の席を見渡せるようになっている席に向かう。ここがこの二人の席になっている。

 その机は、他の机よりも大きい、灰色をした教員用の事務机だ。たまたま二個ほどこの教室に放置されていた事務机のうちの一つで、部長だからという謎の理由で、他の部員たちに無理やりに押しつけられて使うことになっている。しかし、大きいおかげで、龍弥と黄乃。この二人がこの一つの机だけで事足りている。

 なお、二人並ぶ際に邪魔だったため、事務机の移動可能だった収納は、別の場所に移動させられている。

 並べられている机は、この事務机以外に四つあり、その全てが通常教室に置いてあるような学習机になっている。しかし、イスは全て回転イスとなっていて、なかなかにアンバランスな風景になっている。

 この部屋に訪れる人間は、基本的には五人しか居ない。残りの部員たちと顧問の先生だ。いや、顧問の先生はそこまで頻繁に現れるわけではないから、四人だろうか。まあ、それ以外で訪れる人といえば、文芸部の部員たちだろう。彼らは稀に訪れることがあるが、ほとんどの場合、その来訪に意味などない。嵐のように訪れて、嵐のように去って行く。文芸部の人間は、ただ一人を除いて、その全員が、とりあえずどこかしら変な人間ばかりである。

 まあ、とりあえずこの部屋の扉が開けば、その先に居る人物はこの部の部員の誰かだということが、ほぼ確定する。

「あれ、今日は開いてるんだ。」

「なんだ。鍵、取ってきた意味ないじゃん。」

 女子の声、続いて男子の声。

 その扉が、やはり軋みながら開くと、そこには一組の男女が居た。

「今日は来てたんだね。部長さん。」

 先に皮肉じみた言い方で男子が龍弥に向けて言った。

「黄乃ちゃん。元気だった?」

 続いて、女子が龍弥の隣に座る黄乃に小さく手を振りながら優しく問いかける。

「全く…。()()って呼ぶなって何回言ったら分かるんだ。」

「元気ですよ。わざわざありがとうございます。」

 龍弥は苦笑いを。黄乃はペコリと頭を下げて返答をした。

 二人は自分の席へと向かい、そして着席をした。

 男子の方は、名前を鈍川(にぶかわ) 仁志(ひとし)と言い、女子の方は白石(しらいし) 英莉(えり)と言う。

「で、今日は居るってことは、何か活動でもするの?それともいつもの気まぐれでここに居るのかしら?」

 英莉が黒い革手袋をつけたままで煩雑に並べられた机たちをキッチリと並べ直す。

「後者、だな。」

 英莉の問いかけに、龍弥は即座に返す。「まあ。そうだろうとは思ってたけど。」と、英莉はため息をつく。

 そんなため息をかき消すような轟音が突然に現れる。

 ドタドタドタと、廊下を疾走している足音。このような足音を立てる部員は一人しか居ない。

「先輩、おはようございますっ!」

「今はもう既に四時過ぎだ。おはようには遅すぎやしねえか?」

 勢いよく開け放たれた扉の向こうには、足音の主。黒崎(くろさき) (たくむ)が少し息を切らせて居た。

「先輩ー!おはようございます!あと、黄乃ちゃんもおはよう!」

 今度は、入口に立っている匠の後ろ。匠が前に居るせいでぴょんぴょんと跳ねながら部室の中の様子を見ている少女、牧坂(まきさか) 紅花(あか)が現れる。彼女の出現に、黄乃の顔が一瞬で歪む。

「とりあえず、お前ら一旦入れ。そして座れ。」

 紅花が「はーい!」と元気よく返事をした。龍弥に言われた通り、二人は各自の席に座る。これで、全ての席が埋まった。

「じゃあ、適当にやりますか。」

 龍弥のその言葉で、今日も今日とてこの数学研究部の活動が始まる。


 青鈴高校の旧校舎。その奥の方にある第二数学研究室。もとい数学研究部の部室は、知らない人は寄りつかない。知っている人だけが訪れる、自由気ままなこの部屋は、やっぱり今日も平和なようです。

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