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闇底の白衣  作者: S.U.Y
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命を救う刃

 しゃきしゃきと歯ごたえの良い野草を、シャルロッテと双子が平らげていく。食べられる野草に軽く塩をして、湯にさっと通しただけのものだ。青苦いだけの風味も、慣れればどうということはなかった。ほっこりと淡泊なソラマメの塩スープに、彩りが添えられた気さえしてくる。三人は、無言で食べ続けた。

「……ごちそうさま」

 気まずい顔で、ミルとメルがスプーンを置いた。

「あく抜きが、足りなかったみたいね、ミル」

「……ごめんなさい」

 シャルロッテの指摘に、ミルが顔をうつむかせた。

「あたしが、手伝っていれば……ごめんなさい、シャルロッテお姉ちゃん」

 隣のメルも、うつむいた。シャルロッテは苦笑して、ミルとメルの頭を軽く叩いてから、撫でた。

「もう、いいわよ。でも、きちんと食べられる食材は、美味しく頂くのが礼儀なの。手間を惜しんではダメよ、ミル、メル」

「はぁい」

 双子の声が重なり、後片付けは和やかに進んだ。

「それじゃあ、私はお薬の配達に行ってくるから、いい子で待ってなさい」

 看護師の白い服に着替えたシャルロッテは、双子に見送られて玄関を出た。

「いってらっしゃあい」

「野草の塩漬け、作って待ってるから」

 ミルとメルの声を背中で聞きながら、シャルロッテが目指すのは表通りの石畳の道だった。届け先は貴族のヒューリックの屋敷で、届ける薬は胃薬だった。昨日バルドレイクに依頼が来ていたのだが、彼は深い眠りに落ちていて、使いに来た執事が帰るまで、目覚めることはなかった。常備薬がまだ少し残っているとのことで、翌日にシャルロッテが届けるという話になったのだ。

 訪ねてみるとヒューリックは外出中らしく、シャルロッテは屋敷の守衛に執事を呼び出してもらい、そこで薬を渡した。

「お越しいただき、ありがとうございます。これは、少ないですが薬代でございます」

 丁寧に頭を下げながら、執事はシャルロッテの手に三枚の金貨を載せた。

「こちらこそ、いつもすみません」

 シャルロッテも深々と礼を返してから、屋敷を出た。太陽の光が照らす石畳の道を、しばらく歩く。シャルロッテが細い裏道へ入ったのは、市場に寄って食材を買おうとした為だ。

 家と家の作る影が、朝でも暗い闇を作っていた。だが、暗がり程度を恐れていては孤児院の看護師は務まらない。平然と歩いていたシャルロッテの足が、ふいに止まった。

 裏路地に、何かが倒れていた。人だ、と理解したときには、シャルロッテは急ぎ足で駆け寄っていた。

「大丈夫?」

 倒れていたのは、少年だった。小さな体に、動きやすそうな単衣とズボンを身に着けている。うつ伏せになった顔をのぞきこんで、シャルロッテはハッとなった。少年の顔には、見覚えがある。バルドレイクが怪しげな薬草を買ってきたときに、いつも代金を徴収に来る少年だった。

「う、うう……」

 苦しそうに呻く少年の額に手をやって、シャルロッテは弾かれたように手をのける。

「熱い、すごい熱……」

 熱を発する少年の顔には、いくつも青い痣ができていた。

「ああ、お姉さん……にいさんのところの……」

 薄く目を開けた少年が、うわごとのように呟いた。

「何? 何て言ったの……って、それどころじゃないわね。しっかりして、いま、病院に運ぶから!」

 ぐったりとした少年を、シャルロッテはなんとか背負った。身体をくっつけると、少年の全身が異様に熱いことがわかった。ずり落ちてくる少年の身体を背負い直しながら、シャルロッテは孤児院への道を急いだ。

「先生、来ていればいいけど……」

 空を見上げて呟いた。太陽は高く、中天にさしかかりかけている。いつもなら、そろそろバルドレイクが孤児院に到着している頃合いだった。祈るような気持ちで、シャルロッテは急ぎ足で孤児院の玄関に飛び込んだ。

「シャルロッテ!」

 診察室の扉が開き、バルドレイクが姿をみせた。

「先生! この子、すごい熱です! 早く治療を!」

 早口で伝え、シャルロッテはそのまま診察室の中へ少年を運び込んだ。

「わかった。こっちへ寝かせて」

 バルドレイクの指示に従い、少年を寝台へ寝かせた。バルドレイクは少年の衣服をはぎ取るように脱がせ、全身を観察する。

「先生、どうですか?」

「早く処置しないとまずいか……シャルロッテ、急いで火と刃物の準備をしてくれ」

 深刻なバルドレイクの様子に、シャルロッテははいと答えて台所へ向かう。テーブルの上で塩漬けの野草を作っていた双子がぽかんと口を開けて見ていたが、言葉をかける暇さえ惜しかった。

 手早く湯を沸かし、医療用の小刀を熱で清めた。診察室へ駆け戻り、バルドレイクに小刀を渡す。受け取ったバルドレイクは、緑色の薬を左手に持ち、右手の小刀で少年の全身に刃を走らせていく。

「せ、先生……?」

「すまない、今は、集中したい」

 戸惑ったシャルロッテの声に、バルドレイクは短い返事をした。

「彼の身体を、押さえていてくれ」

 バルドレイクに言われるままに、シャルロッテは少年の両腕を寝台へ押し付ける。バルドレイクの右手の小刀が直線的に動き、そのたびに少年の身体に小さな傷が生まれる。そこへ、バルドレイクは左手の薬を塗り付けていく。

「本当は、膿を吸いだしてからのほうがいいんだけれど……」

 バルドレイクの創った傷口から、白い膿が流れ出てくる。その傷口に、バルドレイクの左手の指が入る。そのたびに、少年の身体がびくんと大きく跳ねそうになる。シャルロッテには、必死で少年の身体を押さえつけることしかできなかった。

「先生、これは、何です? こんなに切ったら、この子、死んでしまいますよ?」

「死なせないために、切ってるんだ。っと、これで最後だ」

 少年の腹の下あたりに、バルドレイクが小刀を滑らせた。縦長に切れ目の入った少年の腹部へ、バルドレイクは薬を塗る。それから、バルドレイクは小刀を机の上に置いた。

「全部で六匹か。念の入ったことだね。もう、大丈夫だよ。あとは、傷口を縫い合わせるだけだ」

 歯を食いしばって、叫びを我慢していた少年の口がゆるんだ。

「傷口……目立たないように、頼むよ、にいさん」

「僕を信じてくれ。傷跡を残すような真似はしないさ。シャルロッテ、もういいよ。あとは、冷たい水を用意しておいてくれ」

 針と糸を取り出したバルドレイクに、シャルロッテは強い視線を投げかけた。

「……わかりました。けど、ひと段落したら、きっちり説明してもらいますからね、先生」

 シャルロッテの言葉に、バルドレイクはただ困ったような笑みを浮かべるだけだった。

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