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闇底の白衣  作者: S.U.Y
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帰宅

 シャルロッテがバルドレイクと共にクラッチレイ家の屋敷を立ち去ったときには、もう朝日が町の外壁から顔を出していた。裏路地が金色の光に染め上げられ、孤児院のツタが緑色に反射を返している。

 クラッチレイ家では婦人が行方不明となり、騒然とした空気が続いていた。そちらも気にはなったが、双子の様子のほうも見ておきたかった。それに、婦人の捜索は医師の職分ではない。バルドレイクがギルバートを説得して、何とか帰って来られたのだ。

 孤児院の戸には、しっかりと閂がかけられていた。中で双子が動いているのか、物音も聞こえてくる。

「ミル、メル、開けて頂戴」

 戸を叩き、シャルロッテが中に呼びかけた。とたとたと足音が近づいてきて、閂が外れる。勢いよく開く戸に、半歩下がったシャルロッテの身体がバルドレイクにぶつかった。

「おかえりなさい、シャルロッテお姉ちゃん!」

 双子の唱和が、入り口の二人に浴びせられた。

「た、ただいま、ミル、メル」

 バランスを崩してバルドレイクに支えられたシャルロッテが、双子に答えた。そのまま飛び込むように抱きついてくる双子を、シャルロッテは手を拡げて迎える。

「ミルもメルも、元気そうでなによりだね」

 シャルロッテの頭上で、バルドレイクが言った。

「せんせいも、おかえりなさい!」

 双子の標的が、バルドレイクに移った。左右から膝に抱きつかれたバルドレイクは、倒れそうになりながら双子の頭に手を置いてこらえる。

 バルドレイクがメルに手を引かれ、シャルロッテはミルと手を繋いで孤児院の中へ入った。食卓へ向かいながら、くすくすとミルが笑う。

「どうしたの?」

「お兄ちゃんの、いったとおりだった」

 笑っているミルとは対照的に、メルは少し頬を膨らませている。

「お兄ちゃん?」

「うん。いつも、お金取りに来るお兄ちゃん。お姉ちゃんとせんせいは、きっとあさがえりだからって」

 ミルの言葉の意味を、シャルロッテは数秒間、考えた。

「メルも、せんせいとあさがえりしたい」

 バルドレイクの手を引きながら、メルが言う。シャルロッテの足が、止まった。

「ち、違うの、ミル、メル。別に私と先生はそういう事をしてたんじゃなくって、お仕事を……」

「そういうこと?」

 不思議そうな顔をして、ミルがシャルロッテの顔を覗き込んでくる。

「そういうことって、どういうこと?」

 今度はメルが、訊いてきた。思わず赤面して口ごもるシャルロッテに、くすりと笑うのはバルドレイクだ。

「……先生」

「ああ。二人とも、とりあえず、朝食にしないかい? 何やら、準備していたようだね。良い匂いがする」

 バルドレイクの言葉に、双子はとりあえず追及を止めて再び手を引き始めた。

「おねえちゃんとせんせいのために、あさごはんつくってたんだよ」

「メルも、がんばったんだから」

 早足の双子に導かれ、シャルロッテとバルドレイクは食卓についた。いつものソラマメのスープの他に、煮込んだ魚と野草のサラダがテーブルを占拠している。

「ミル、メル、これは?」

 目を丸くするシャルロッテに、双子は得意げに笑って見せる。

「お兄ちゃんに、おさかなもらったの」

「よくがんばったから、おきゅうりょうだって」

「だから、ミルがおさかなにこんで、メルがおやさい切ったんだよ」

「そう。偉かったわね、二人とも」

 シャルロッテが頭を撫でると、双子は嬌声をあげて飛び跳ねる。

「さあ、それじゃあ朝食にしましょうか。先生も、お祈りしてから食べるんですよ?」

 魚の煮込みへ指を伸ばしていたバルドレイクを牽制して、双子を着席させる。それから椅子に座ったシャルロッテは、手を組み合わせて祈りの言葉を口にし始めた。

 賑やかな朝食を終えて、シャルロッテはバルドレイクと共に診察室へと入った。

「お疲れ様です、先生」

 大きな欠伸をするバルドレイクに、シャルロッテは声をかけた。疲れ切った様子を見せるバルドレイクの姿に、シャルロッテも肩のあたりに重い疲労がのしかかるのを感じていた。

「ああ、お疲れ様、シャルロッテ。ふああ、結局、徹夜してしまったね」

 診察用の寝台へ横になりながら、バルドレイクが言う。

「もう、先生」

 腰に手を当てて叱るシャルロッテだったが、バルドレイクはもう半分夢の中にいるようだった。

「君も、少し仮眠を取ってくるといい。寝られるときに、寝ておくのも仕事だよ……」

 言いながら、バルドレイクは眠ってしまっていた。シャルロッテは息を吐いて、バルドレイクにシーツを被せる。白衣のあわせのあたりに、目がいった。刃物のようなものが通った跡があり、シャツが破れている。出血もしたのか、周りのシャツは赤黒く汚れていた。だが、その下にちらりと見えた皮膚には、傷ひとつついてはいない。

 シャルロッテは寝台の枕もとへ、肘に頭を乗せてうずくまった。重い眠気に、まぶたが閉じる。

「少しだけ、ですからね、先生……」

 すうすうと、静かな寝息を立ててシャルロッテも眠りに落ちた。窓から温かな光が差し込んで、診察室にはのどかな空気が流れていた。

 患者が訪れ、跳ね起きたシャルロッテがバルドレイクを叩き起こしたのは昼前のことだった。掛けられていた二枚のシーツを重ねて畳み、寝台の足元へ置く。

「もう少し、寝ていたいんだけど……」

「何言ってるんですか、先生。お仕事ですよ」

「せ、せめてお酒を……」

「お仕事が終わったら、いくらでも飲んでください」

 バルドレイクがカバンの中から出した酒瓶を、シャルロッテは取り上げてテーブルに置いた。高級な蒸留酒の瓶が、陽光で鈍く輝いている。

「わかった。まずは仕事だね。シャルロッテ、患者の方を連れてきてくれるかい?」

「はい、先生」

「それから……」

 診察室を出るシャルロッテの背に、バルドレイクの声がかかった。

「仕事が終わったら、君も一緒に飲まないか、シャルロッテ?」

 振り向いたシャルロッテに、バルドレイクが言った。

「……少しだけなら、お付き合いします」

 シャルロッテが答えると、バルドレイクは微笑んだ。その表情を見たとたんに、シャルロッテの体温は上がり疲れが吹き飛んでいく錯覚があった。足取りも軽く、シャルロッテは患者を呼びいれるため診察室の扉を開く。さっと、爽やかな風が吹き抜けていった。

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