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闇底の白衣  作者: S.U.Y
18/36

反抗

 夕日が沈みかけるころに、孤児院を出た。シャルロッテの様子が、どこかおかしい。黙り込んだまま、カルテを読んでいたが、中身は目に入っていないようだった。

 だが、今のバルドレイクにはそれ以上に気にかかることがあった。あのギルバートという貴族が持ってきた物だ。人間の手を切り取って干からびさせたもののように見えるそれは、植物だった。それも、この国ではまだ知られていない、特殊な薬草である。

 なぜ、ギルバートがそれを持ってきたのか。詳しく聞きたいところであったが、肝心のシャルロッテは上の空の様子で、何もわからない。彼には気をつけるように、そう言っておくことぐらいしか、できなかった。

 もしかすると、ギルバートはクラッチレイ家とゆかりのある人物なのかもしれない。そうなると、あの男の影がちらついてくる。この町に、不治の病となる毒を振りまく男だ。そんな男と関わりがあるとすれば、ギルバートという青年もまた、危険な存在である。

 思考を張り巡らせながら、バルドレイクは歩いていた。どん、という衝撃があり、バルドレイクは跳ね飛ばされる。いきなりのことだったので、受け身を取るだけでやっとだった。

「失礼、考え事をしていたもので」

 目の前に、体格の良い男が立っていた。ぶつかったのだ、と理解したときには身を起こし、バルドレイクは頭を下げる。その胸元へ、男の手が伸びた。

「バルドレイク、だな」

 胸倉をつかまれて、引き寄せられた。男の顔が、すぐ近くまでやってくる。眉の無い、凶悪な面相があった。

「僕を知っているのか」

 バルドレイクの問いに、返ってきたのは男の拳だった。右頬を、打ち抜くように拳が入った。地面に倒れながら、バルドレイクは丸メガネを押さえる。

「あんたに恨みはないが、さるお方から痛めつけるように依頼されてる。悪く思うな」

 男の靴先が、腹にめり込んだ。身体をくの字に曲げて転がるバルドレイクの肺から、空気が絞り出される。

「が、はっ、だ、誰から、頼まれた」

「言うわけないだろうが、腐れ医師が」

 男はバルドレイクを引き起こし、腹、胸、顔とまんべんなく拳を降らせてくる。そのたびに、バルドレイクの身体に激痛が走った。

 さらに数発、拳を受けてバルドレイクはうつ伏せに倒れた。そして右腕を取られ、曲がるべきではない方向へと捻じ曲げられる。

「ぐ、ああああ!」

 痛みに叫びを上げるバルドレイクの腕の中から、ぼきり、と鈍い音が聞こえた。男はそこでようやくバルドレイクを解放して、唾を吐きかける。

「これ以上痛い目を見たくなかったら、大人しくしていることだ」

 言い捨てて、男は去って行く。その背中を、バルドレイクは倒れたまま静かに見つめていた。

 男が去ってからしばらくして、バルドレイクは身を起こした。全身が、熱を持ったように熱かった。右腕の肘から先が、ぶらりと揺れる。関節が、破壊されていた。痛む身体を叱咤して、バルドレイクは左手をついて立ち上がった。暗くなり始めた裏通りに人影は無い。ゆらゆらと、バルドレイクは歩き始めた。

 長い時間をかけて、バルドレイクはねぐらにたどり着いた。道中、まばらに通行人はいたが、酒場通りでふらついて歩くだけであれば注目されることはなかった。

 寝台へ腰掛けて、左手で丸メガネを外す。衣服もすべて脱ぎ、素裸になったバルドレイクはまず右腕を診た。肘のあたりが、青黒く膨れ上がっている。カバンの中から小刀を取り出して、バルドレイクは自分の右腕に刃を入れた。

 折られた関節の部分を嵌め直し、薬を塗って閉創する。左手一本で、バルドレイクはそれをやってのけた。縫い合わせた糸の端を切って、右腕を軽く動かす。なんとか、動きそうだった。あとは、身体中にできた青あざを、なんとかするだけだ。

「竜にいさん、色々わかったことが……って、竜にいさんも大変そうだね。どうしたの、それ?」

 玄関の戸を開けて入ってきた少年が、寝台のバルドレイクを見るなり驚きに目を丸くした。

「少し、あってね。それより、背中のほうに薬を塗るの、手伝ってくれないかい?」

「うん、わかった」

 うなずいた少年が腕まくりをして、バルドレイクの背中へ薬を塗り付ける。

「だれにやられたの?」

「わからない。ただ、奴の手口じゃないのは確かだよ」

「見たところ、打撲だけだもんね。その右腕は?」

 縫い合わせた跡を見て、少年が問う。

「ちょっと砕かれただけだよ。もう、何ともない」

 言って、バルドレイクが右腕を回してみせる。

「確かに、あいつのやり方じゃないかも。腕を折ったくらいで、どうにかなる竜にいさんじゃないもんね」

「痛いことは痛いんだけれどね。でも、奴ならきっと殺しにかかってくるはずだ」

「じゃあ、誰なんだろう?」

「まあ、そのうちわかるよ。それより、何かわかったのかい?」

 衣服を身に付けながらのバルドレイクの言葉に、少年は得意げにうなずいた。

「クラッチレイ家の屋敷に張り付いて、人の出入りを見張ってたんだ。すると、知ってる顔があった」

「知ってる顔?」

「孤児院の姉ちゃんに言い寄ってる貴族、いただろ? 今朝、俺も薬を届けに行ったときに会ったんだ。あのキンキラ兄ちゃん」

「ああ、ギルバートだね。彼が、クラッチレイ家の屋敷に?」

「うん。昼に一度、出かけた。それから戻ってきて、そのまんまさ。とりあえず手下を見張りにつけて、俺が竜にいさんに報告に来たんだけれど、あの兄ちゃんは屋敷から出る様子は無かった。つまり、ギルバートはクラッチレイ家の人間ってことだよ」

「なるほどね。そういえば、屋敷に出入りしていた人間の中に、眉の無い体格の良い男はいたかい?」

「ああ、いたよ。昼にギルバートが戻ってきたときに、一緒に入って行った。それからしばらくして、そいつだけ出て来たんだ。そいつがどうかした?」

「ついさっき、そいつに襲われたんだ。暴力に慣れている、プロのやり口でね」

「ということは、竜にいさんを襲わせたのは、ギルバートってことになるね」

「たぶんね。だが、そうなると……」

 バルドレイクは顎に手を当てて、考え込んだ。

「どうしたの、にいさん?」

「奴とクラッチレイ家は繋がっている。そして、ギルバートも家の人間だとすると……」

 カバンの中から、バルドレイクはギルバートの持ってきた薬草を取り出した。

「ギルバートは、どうしてこれを持ってきたんだろう」

「センジュ草、だね。この国での栽培は、難しいはずだけど」

 一目でその植物の正体を見抜いた少年は、驚きの声をあげた。

「こいつの栽培には、奴が関わっている。それは確実だ。つまり、ギルバートは奴と何らかの関係を持っているんだ。しかし、僕のことについてはギルバートはあまり知らない。それが、どういうことなのか気になってね」

 バルドレイクの言葉に、少年も考え込んだ。

「わかんないね。奴とギルバートの関係も。それに、何でセンジュ草なんか育ててるのかってことも」

「薬にすれば、整腸作用がある、くらいだからね。どうあがいても毒にはならない。まあ、珍しい薬ではあるんだけれど」

「……こうなったら、多少無茶しても潜入するしか」

「それはダメだ。警戒はされているだろうし、大貴族の屋敷だからね。リスクがありすぎる」

「ヒューリックに頼んで、中に入るのは?」

「ヒューリックはクラッチレイ家とあまり付き合いが無いらしくてね。手づるとしては、あまり現実的じゃない」

 バルドレイクは少年と一緒に考えてみたものの、今のところ手はない、という結論にたどり着くのみだった。

「……そろそろ、傷が痛みだしてきた。僕は酒場へ行くけど、君はどうする?」

「俺は、もう少し探ってみるよ。無茶しない程度に」

 二人は同時に腰を上げて、ねぐらを出た。

「酒場でついでに聞き込みもしてみる。情報が出そろうまでは、強攻しないようにね」

「大丈夫だよ、にいさん。屋敷の警備の薄い所が無いか、調べるだけだから」

 陽気に言って、少年は姿を消した。バルドレイクも背を向けて歩き出し、適当な酒場へと入っていく。夜はようやく更けはじめ、空には幾多の星が瞬いていた。

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