最悪の入学式
ーー手遅れだったか。
路地で倒れる騎士たちを見下ろしながら、シュンは両拳を握り締めた。気づけば、にわか雨が降り始めている。
騎士たちにはかすかな呼吸がある。死んではいない。優しいロニンのことだ、絶命まではできなかったのだろう。
だが。
戦いの最中、彼女はいったいなにを思っただろうか。
騎士の適正試験において、道具のごとくモンスターを使役する人間。
戦争を優位に進めようと、ロニンを人質に取ろうとした勇者たち。
そのときに彼女が抱いたであろう虚しさは、シュンには察してあまりある。
「ちょっと、嘘でしょ?」
背後から女の声がした。
振り返ると、皇女セレスティアの姿が見えた。シュンのあとを走ってきたらしい。
セレスティアは気絶している騎士たちをたっぷり数秒間見下ろし、息を切らしながら言った。
「あんなチビっ子に……城の騎士たちは負けたっていうの?」
「馬鹿野郎が。ロニンをただのモンスターだと思うなよ」
「え……でも、試験では判定Eだって……」
セレスティアが口ごもった瞬間。
「う……ううっ……」
騎士のひとりが呻き声をあげ、目を覚ました。彼は虚ろな瞳をしばらくさまよわせたあと、視線をセレスティアに固定した。
「セ……セレスティア様……申し訳ございません……。あの女、予想以上に強かったです」
セレスティアは悲壮な表情でしゃがみこむと、騎士の額に手を当てた。
「ごめんなさい。私の判断が甘かったばかりに……」
「い、いえ……。それよりもまずいです……。あの女は……魔王本人でした……」
どこかで、大きな雷がひとつ、落ちた。
セレスティアは呆けたようにシュンを見上げると、もう一度騎士に顔を向けた。
「魔王本人って……どういうこと?」
「あの女がみずからそう語っていました……。そして、モンスター側も戦う準備を整えると……」
「そ、そんな……」
「お気をつけください……。おそらく、魔王は勇者殿よりもはるかに強いと思われます……」
ーーなんという最悪の結末か。
雨に打たれながら、シュンは空を見上げた。
記念すべき学園の入学式に、こんな大波乱が起きようとは。下手をすれば、授業を一度も受けることなく王都が滅んでしまう。
「シュン君……お願い……」
セレスティアが泣き顔でシュンを見上げた。
「人間を守って……。魔王を、倒して……」
「…………ああ。人間は守ってやる」
固く目をつぶり、シュンは小さく答えた。




