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魔王様は村人にデレデレです

 ディストは限界の寸前だった。


 いくら一般モンスターが弱いとはいえ、その数が尋常ではない。激戦に次ぐ激戦に、ディストはさすがに疲労を極めていた。


「シュアアアアア!」

 オークの棍棒が、見事なまでにディストの背中に命中した。威力的にはたいしたことないが、それでも確実にディストのHPを抉る。


「ッてえな!」

 思わず激昂してしまい、ディストは縦一文字にオークを切り裂いた。

 脳天から入った刀身が、文字通りオークを真っ二つに分断した。紫色の鮮血が周囲に飛び散り、モンスターたちは一歩飛び退いた。


「ま、まだあんなに戦えるのかよ……」

「あのオークを鎧ごと真っ二つに……」

 モンスターたちはこう囁いているが、ディストの体力はすでにピークに達していた。すでにHPも危険域に突入しているだろう。


「どうかしてるな……。この俺が騒いじまうなんて……」 

 ディストは乱れる呼吸を整え、モンスターの軍勢に目をやった。

 そしてため息をつく。敵兵の数は一向に減る気配を見せない。この果てしなき戦いはいったいいつまで続くのか。ロニンやシュンもまだ帰ってこない。


 だが、ディストは信じている。

 あの二人なら必ずやり遂げてくれると。

 ならば、俺も音をあげるわけにはいくまい。全力で迎え撃つまでだ。


 そうして何時間剣を振るっていただろう。

「やめなさい!」

 ふいに、城下町に鋭い声が響きわたった。


 ーー誰だ……?

 ディストは杖代わりに剣を地に差しながら、ぼんやりと声の主を見た。敵兵たちもいっせいにそちらへと振り返る。


「ディストは私の側近です。傷つけることは断じて許しません」


 この聞き覚えのある声。

 まさか。

 ディストは自身の疲労をも忘れ、大きく目を見開いた。


 見間違いようがない。見間違えるはずがない。ロニンだ。

 だが、その威厳はディストの知る彼女とはまったくかけ離れている。

 ロニンは権力者たる威容を放ちながら、こつこつとモンスターたちの間を歩いてくる。


「ロニン……様なのですか?」

 一体の敵兵が問いかける。

「無論です。他に誰がいますか」

「い、いえ、別に……」

「先ほどセルスを始末してきました。時期魔王は私がなります」


 言いながら、ロニンは血で汚れた白いドレスを放り投げた。

 モンスターであれば誰もが知っている。この衣装は間違いなくセルスのものであると。

 数秒の沈黙ののち。

 モンスター達が大きくどよめいた。互いの顔を見つめ合い、なにやら話し合っている。


 やがて、ゾンビモンスターがおそるおそるといった様子で尋ねた。

「し、しかし……世論はセルス様に……」

「皆の衆。魔王にふさわしいのはどういう者ですか。弱者ですか。強者ですか」

「え……」

「私がセルスを始末したいま、時期魔王にふさわしいのは誰かと聞いているんです」


 ロニンの発言に、モンスターたちはまたしても小声で話し合う。


「そ……そりゃあ、やっぱり、なあ……」

 次の瞬間、モンスターたちはいっせいにロニンにひざまずいた。

「ロニン様!」

「ロニン様!」

 いっせいに時期魔王へ黄色い声をあげ続ける。



「……はっ」

 その光景を呆然と眺めていたディストは、思わず吹き出してしまった。


 ーーロニン様。本当にお変わりになられた。わたくしは嬉しいです……


 ディストはゆっくりと剣を鞘におさめると、ふらふらとした足取りでロニンに歩み寄った。

 モンスターたちが制止しようとするが、「やめなさい」というロニンの一声で思いとどまる。


 ディストはロニンの手前で立ち止まり、頭を垂れた。

「このディスト、ただいまロニン様のもとへ帰還いたしました!」

「……うん。あなたは本当に頑張ってくれました。ありがとう」

「はっ! この上なき幸せでございます!」


 ーーああ、臣下としてこれ以上の幸せはない。

 ロニン様。わたくしはあなたに一生ついていきます。


 そうしてディストが感傷に浸っていると、またしても闖入者が現れた。彼はぼさぼさと後頭部を掻きながら、ひとり、呟いていた。


「あー、やっと着いたぜ」

「あ、お兄ちゃん!」


 すると、先ほどまで王たる威厳を漂わせていたロニンが、急に甘っちょろい態度に変わってしまう。


 これにはモンスターたちもぽかんと口を開けるしかなかった。

 ロニンの変貌っぷりだけでも驚きなのに、時期魔王ともあろう者が人間などと親しくしているのだから。


 ロニンは目に涙を浮かべながら、勢いよくシュンに飛びついた。


「お、おう、どうしたいきなり」

 シュンがいつもの寝ぼけ眼でロニンを受け止める。

「ありがとう。お兄ちゃんのおかげで、私、私……」

「おお。そうだ、俺のおかげだよな。ははは」


 へらへら笑いを浮かべながら、シュンはロニンの頭を撫でる。

 そんな二人に、いつものディストであれば嫉妬の念を抱いたであろう。


 だが、もはやそんな感情さえ沸いてこなかった。

 あの村人のおかげで救われた。ロニンを無事に時期魔王に就任させることができた。

 そのことは、もはや変えようのない事実なのだから。




                  ~第一章 終~

これにて第一章は終了いたしました。

お読みくださいまして、ありがとうございます。


次話より新章となりますので、そちらもぜひお読みくださいませ。

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