引きこもり大魔王
セルスは壊れた窓をぽかんと見つめた。
「……あの男、何者なの。魔王様が吹き飛んで……」
茫然自失としたその様子に、ロニンも苦笑を禁じ得ない。
モンスターの頂点ーー魔王。
この世で最も強い存在。
そんな絶対的な強者を、貧弱そうな人間がいともたやすくぶっ飛ばしたのだ。
さぞかしセルスには驚愕だったに違いない。
「あの人は……最強の村人だよ」
「村人、だって……?」
「そう。あの人のおかげで私は変われた。変わることができた」
「おまえ……」
そこで初めてセルスは憎悪の感情を露わにした。眉を激しく歪め、瞳にも冷たさが宿っている。
魔王がいなくなった途端にこの体たらくか。わかりやすい女だ。
ロニンは右手を鞘に添え、戦闘の構えを取った。
「おかげであんたにも負けるつもりはない。全力で来ないと……死ぬよ?」
「…………!」
セルスは焦ったように前傾姿勢を取る。
彼女は魔法のステータスが高い。
この戦いでも魔法で攻めてくるだろう。
かくいうロニンも魔法タイプであるが、相手の戦い方に合わせる気はなかった。シュンのおかげで、物理系の戦い方もなんとかできるようになっている。
「その顔……生意気だね」
表情を歪めたまま、セルスが太い声を発する。
「あんたなんか、どう頑張ったって私には適わないんだから! いまさら足掻いたって無駄なのよッ!」
「…………」
「死んじゃえ、死んでしまえ! このクソ女がァーーー!」
叫声とともに、セルスの右腕から光線が放たれた。
それはどす黒く塗りたくられた、憎悪の攻撃魔法。
ロニンへの嫌悪をたっぷり込めて放った魔法に違いなかった。
ロニンは片腕を差しだし、その光線を真正面から受け止めた。
ーー死ね。時期魔王は私がなる。あんたなんかに譲ってたまるかーー
数々の欲望が聞こえてくる気がした。
だが、そんな考え方は間違っている。自分のことしか眼中にない奴に、王の資格があるはずがない。
そう。
あの村人のように、真の優しさを持った人。
彼のように私はなりたい。
「はあああああっ!」
ロニンは気合いを込め、その魔法を片腕だけで打ち消した。
しゅうう……と、燃え尽きたあとの煙がロニンの手から発せられる。
「ば、馬鹿な……」
信じられないといったように、セルスが後ずさる。
「ありえない。あんたなんかに……私の魔法が……!」
「…………」
無惨にも後退するセルスに、ロニンは一瞬でも情を抱いてしまった。
ロニンはぶんぶん首を横に振り、その甘い考えを打ち消す。
彼女はきっと反省しない。生かしておけば、必ず復讐しにやってくるだろう。
今日から私は魔王ロニンだ。もう甘ちゃんじゃない。
ーー力を貸して、お兄ちゃん。
ロニンは深く息を吸うと、思い切って地を蹴った。
そのまま、なにも考えず、なにも意識せず、無造作に剣を突き立てーー
セルスの腹部を、いともあっさりと貫いた。
「ぐうっ……!」
セルスが大きく吐血し、激しく痙攣する。
「くそっ……あんたなんかに……あんたなんかにィ……!」
最期にそれだけを呟き、セルスは帰らぬ者となった。




