表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/263

格の違い

 それはアルスにとって、ただの我がままだった。

 長年シュン家族を憎んできた。悪の感情をこじらせ、鬱屈とした気持ちを溜めてきた。

 せめて最期くらいは、本当の必殺技を派手にかましたい――


 アルスのそんな想いが通じたのか、トルフィンは

「……いいぜ」

 と言って剣を構える。

「つっても俺に必殺技とかないけどな。本気で斬りかかるだけさ」

「……ああ、それで構わない」

 そうアルスが応じると、トルフィンもこくりと首肯し、剣の柄に手を添える。


 重たい暗雲の隙間から、一筋の陽光が差した。

 いつの間に雷はやんでいた。

 徐々に空が明るくなる。

 ところどころに陽光が差し込んでいく。


 アルスはふうと深呼吸し、一歩、前に出た。

 ずっと世界の安寧あんねいを願ってきた。なのに憎しみに囚われ、人を殺し、村を滅ぼした。

 そんな俺に生きる資格はない。

 だから最期だけは、せめて――


 特に誰かの合図があったわけではない。

 にも関わらず、アルスもトルフィンも、同時に駆け出していた。


 アルスは見た。自身の剣が、ほのかな緑色に染まるのを。

 しかしながら記憶上のそれより明らかに色素が薄い。長年ユグドラシル・デュアルを使ってこなかった反動か。それとも、技そのものがアルスに無言の抗議をしているのか。


 ユグドラシル・デュアル。

 地上のありとあらゆる自然の力を借り、剣に収集させる魔法剣。

 その昔、二人の師匠から授けられた、剣と魔法の両立技。

 すっかり忘れていた。

 俺はただ、この剣で悪を討ちたかっただけなのに。故郷を滅ぼしたモンスターたちに一矢報いたかっただけなのに。いつから自分のエゴに呑み込まれてしまったのだろうか――


 ガキン! と。

 剣と剣が衝突する。

 それは鼓膜を突き抜けるほどの金属音。

 トルフィンは六歳児にしてかなりの手練れだ。ユグドラシル・デュアルの力にも、真っ向から抵抗している。アルスもあらん限りのパワーで剣を押し込む。


 いつの間にか絶叫していた。

 それでいて泣いていた。

 ずっと溜め込んできたありとあらゆる感情。それを発散させるべく、アルスは理性をも忘れて叫んだ。


 瞬間、乾いた金属音が響いた。

 剣の折れた音だ。

 誰だ、誰の剣が折れた――? 俺か、それともトルフィンか――?

 そう思った途端、アルスは胸から下腹部にかけて、鋭い痛みを感じた。同時にかはっと口から鮮血を吐く。


 ――斬られた。

 そう悟ったときには、アルスは倒れていた。





 視界に陽光が映っている。

 アルスはうっすら目を開けた。空を支配していた暗雲は綺麗になくなっている。どこからか、鳥のせせらぎが聞こえる……


「なっ……俺は……!」

 はっとして上半身を起こそうとするが、瞬間、全身に激痛が走る。アルスは呻きながら再び上半身を寝かせた。


 ――生きていたか。

 死ぬ覚悟で戦った。

 なのに生きていた。

 視界の縁は赤く染め上げられている。どうやらギリギリHPが残っていたらしい。


「おう、目ェ覚めたかよ」

 ふいに視界にシュンが映り込んだ。相変わらずの飄々(ひょうひょう)とした態度で、感情が読みとれない。

「この試合、トルフィンの勝ちのようだな。あいつはまだ立ってるぜ」


 言われて視線を移す。六歳の王子は、剣を地面に突き刺し、なんとか膝立ちしている。かなり息切れが荒いが、たしかにどちからが勝者かは明白だろう。


 アルスはふうと息を吐くと、シュンに視線を戻した。

「シュンよ。ひとつ忠告しておく。俺にもたしかなことはわからないが……これから気をつけろ。《奴ら》はひっそりとおまえたちに監視と支援をしている」

「ほーん?」


 アルスはそこで心を決めた。真っ直ぐシュンを見据え、言う。


「それともうひとつ。貴様の故郷を滅ぼしたのは俺だ」

「…………」

「俺は極悪人だ。生きる資格はない。……殺せ」

「…………」


 シュンはしばらく黙りこくっていたが、数秒後、やれやれと言ったように肩を竦めた。


「馬鹿だな。んなこと、黙ってりゃ気づかれなかったのによ」

「な、なんだと」

「……おめーが本当に根っからの悪人だったらよ。あんときとっくに殺してたさ」

「…………」

「おめーもシュロン国に来いよ。もちろん、犯した罪の分はしっかり服役してもらうがな」

「ふ、ふざけるな。なんで俺が」

「おまえ、どうせ行くところないだろ? だったら来いってんだ。悪い話じゃねえだろ?」


 ――なんで、どうして。

 数十年前、故郷を滅ぼされた俺は発狂した。モンスターが憎くて仕方がなかった。

 なのに、このシュンという男は許してくれるというのか。

 ――これが、格の違いってやつか……


「お? どうしたよ、泣いてんのか?」

「な、泣くか馬鹿者。俺はただ……」

「はいはいわかったよ。騎士たち呼ぶから、まずおまえは手当な」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ