表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/263

記憶の奥底から

 ――一体どうなっちまったんだ――

 目の前で起こっている奇妙な光景を、トルフィンはただ棒立ちで見つめるしかなった。


 叫んでいる。

 勇者アルスが。

 さっきまで余裕をかましていたあの男が。


 両腕で頭を抱え、言葉にならない叫び声を発し続ける。かと思うと、いきなり膝を落とし、勢いよく地面を叩きはじめる。ガンガンと、乾いた音が闘技場に響きわたる。


 これには誰もが予想外だった。

 シュンもセレスティアも、試合の観客たちも、ぽかんと口を開けたまま動かない。


「駄目だ……」

 数秒後、アルスはぽつりと呟いた。

「貴様ら家族に関わっているとロクなことにならない……。貴様らさえ……貴様らさえいなければ……!」


 瞬間。

 アルスは絶叫を引きながら、一心不乱に斬りかかってきた。

 ガキン! という鋭い金属音。

 慌ててトルフィンが剣を抜かなければ、彼の首はとうに飛んでいた。それだけ常軌を逸したスピードだった。

「うおおおああっああああっあ!」

 解読不能な叫声とともに、アルスが連続で剣を打ち込んでいく。


 ――早すぎる……!

 身も凍る恐怖を感じながらも、トルフィンはギリギリで受け止める。


 錯乱した者に襲われるだけでも充分恐ろしいのに、アルスはおそらく現在、本気で殺しにかかってきている。

 やはりさっきまでは力を温存していたのだ。

 かつでない速度で突き出される閃光のごとき剣捌きに、トルフィンはついていくのがやっとだった。


「死ね死ね死ねェ! 貴様ら親子はみな死んでしまえ!」

「うおっ……」


 だが、ついていけないこともない。

 取り乱しているぶん、アルスの動きは先読みしやすい。目線のままに剣を振るってしまっている。こちらが落ち着いて対処さえできれば、切り抜けられなくもない。


 命をかけた剣の応酬。

 トルフィンにとって、それは数年にも感じられる、地獄のごとき時間だった。


  ★


 いつからだろう。


 世界を救いたかった――

 たったそれだけの純粋な気持ちが、極端にこじれてしまったのは。


 本当はわかっていた。

 モンスターだって生きている。

 殺し合いなどせずとも、平和に共存できるのであれば、それに越したことはないはずなのだ。

 現に、現在の魔王ロニンはうまく部下を統治している。シュロン国もいまのところ穏便に運営できている。


 ただ悔しかっただけだ。

 シュンという、規格外の男が。

 それと同時に慢心していたのだ。

 勇者など、他人から言われ始めたものでしかない。実際にそんなステータスがあるわけではない。

 なのに、勝手に自分が魔王を倒すべき男だと勘違いして。シュンに先を越されて勝手に怒って。


 ――挙げ句の果てに、かつてのモンスターのように、村を滅ぼしちまうなんて。

 俺はなんて馬鹿な男なんだ。

 それに気づくまで、いったい何年かかってんだよ……


  ★


 いつの間にか、トルフィンの視界の縁が黄色く染まっていた。

 レイア先生に教わったことがある。これは危険信号だ。HPが残り三割を切ると、こんな表示が現れるらしい。トルフィンも初めて見た。つまり現在、トルフィンの命は残り三割もない。


 気づけば全身傷だらけだった。決定打にはならないまでも、アルスの攻撃が少しずつ当たっていたのだ。トルフィンの剣もときどき奴に命中したが、相手のHPまではわからない。


 ゼェゼェと息切れしつつ、トルフィンは額の汗を拭った。

「どうだ勇者さんよ、気は済んだか」

「わからん……俺は……俺はいったいどうなっちまったのか……」

 いまのやり合いで、アルスはだいぶ目が冷めたらしい。幾分かまともな会話ができるようになった。それだけでなく、特有のニヤニヤ笑いも浮かべなくなっている。


「だが思い出したよ……俺の本当の必殺技をな」

「ほう?」

「ユグドラシル・デュアル。先生に何度も修行してもらったのに忘れるとは……どうかしていたよ」


 やはり記憶を封じられていたか。その割にはすぐに思い出せたようだが……


「トルフィンよ」

 アルスは真っ直ぐにこちらを見据えて言った。

「次で最後にしよう。俺は全力で、ユグドラシル・デュアルを貴様にぶつける」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ