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リュアのために、俺のために、みんなのために。

 空を暗雲が覆う。

 どこかで雷が落ちているようだ。わずかに視界全体が輝いたあと、遅れて轟音が耳に届く。心なしか、気温もすこし下がってきたように感じる。


 トルフィンは油断なく構えながら、アルスの動きをうかがっていた。奴の強さは未知数だ。加えて、観客たちを恐慌に陥らせるほどの冷酷さも持ち合わせている。一秒たりとて油断できない。


「しかし予想外だな」

 アルスはしかし余裕の態度だった。目を閉じ、片頬だけを吊り上げて言う。

「トルフィンよ。貴様は前世において、非常に冷めた性格だったと聞いている。それがなんだ。いつの間に熱血漢になったのかな」

「……口の減らねえ野郎だな。んなこと、どうだっていいだろうが」


 こいつはリュアを瀕死にまで痛めつけた。彼女を守ってやれなかったとか、昨夜の約束を破ってしまったとか……そんな後ろ向きなことは考えていない。

 ただただ、許せない。

 リュアを――初めての《恋人》を傷つけたこの男だけは。

 絶対に俺が倒してやる……!


 どこかでひとつ、雷が落ちた。

 その音を合図に、トルフィンは走り出した。

 もうなにも考えない。

 ただひとつ、アルスの動きだけを見極めて戦え――!

 元勇者も数秒遅れて駆け出す。

 さすがというべきか、他の参加者とはまるで比べ物にならないスピードだ。先に攻撃したはずのトルフィンが、「うっ」と声をあげてしまうほどに。

 それでも、逃げるわけにはいかない。

 こいつだけは、俺が――!


「おおおおおっ!」

 気合いを全身にみなぎらせ、トルフィンは一閃、剣を薙ぎ払った。

 剣と剣の衝突。

 すさまじい金属音。

 あまりの威力に、トルフィンとアルスの間から、空間の歪みが発生する。

 続いて、トルフィンは全身に痺れを覚えた。巨大な力と力がぶつかったゆえか、反動もかなりのものだ。


 互いに剣を押し合っていると、アルスがにたりと口の両端を吊り上げた。

「素晴らしい力だ! いいぞ、もっと楽しもうではないか!」

「…………!?」


 拮抗きっこうしていたはずの力のバランスが崩れた。

 ――つ、強い……

 アルスが予測不可能なほどのパワーで剣を押しやってくる。引きこもりレベルを高めていたはずのトルフィンが、じりじりと後退していく。

「うおっ……」

 思わず呻いてしまう。単純なステータス勝負なら自分に負があると思っていたが、その認識は改めざるをえない。アルスはまだまだ、本当の力を出していない。

「どうした王子よ! 貴様の実力はその程度かァ!」


 ついに押し負けた。


 仰け反るトルフィンに、アルスは次々と剣撃を打ち込んでくる。そのスピードたるや、視認するのがやっとである。

「くおっ……!」

 かろうじて自身の剣で防いでいくが、これで防戦一方になってしまった。アルスの動きには無駄がない。隙を見つけて反撃しようと抵抗するが、そのときにはアルスが剣をこちらに差し向けている。


 一瞬の油断も許されない攻防。それが何分続いただろう。ふいに、アルスが口の端を歪めた。

 ――なんだ……?

 思わずトルフィンは刀身を引き、防御の構えに入った。


 のだが。

「ハッ!」

 アルスは気合いの一声を発するや、空いたほうの手でトルフィンの腕に手刀を浴びせてきた。

「あっ……!」

 ガクンと腕が痺れる。力が抜ける。

 カキン、と。

 絶望的な音とともに、トルフィンの剣が地面に落ちる。

 ――しまった、フェイントだったか……!

 しかしそう悟ったときにはすでに遅かった。アルスは再びニタリと笑みを浮かべると、剣の切っ先をこちらに向け、突き出してくる。

 そのとき。


「トルフィン様ー! 頑張ってー!」


 声援が聞こえた。

 シュロン学園の同級生たちだ。

 彼女たちは必死になってトルフィンを応援してくれている。

 なかには顔を真っ赤にしている子まで。


 ――そうだ、俺は……!


「おおおおおおおっ!」

 精一杯叫びながら、トルフィンは左手を突き出した。そのままコンマ一秒のうちに魔力を捻り出し、炎の可視放射を放つ。

「なんだと……!?」

 零距離、しかもこんなに素早く魔法を使われたことにアルスは驚愕する。元勇者たる彼でも、これほど早く魔法を発動させることはできない。


 舌打ちをかまし、アルスは後方に後退した。トルフィンとて強者だ。可視放射をまともに喰らえば、看過できないダメージが通ることは明確であった。

 そのまま両者、元いた位置に立って向き直った。

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