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決勝戦

 引きこもりレベル999にして、間違いなく世界最強の男。

 そんな者に殴られては、さすがの勇者アルスも無様に吹っ飛ぶほかなかった。闘技場をズタズタと転がっていく。


 まるで時が制止したようだった。さっきまで逃げまどっていた観客たちも、一旦足を止めて、シュンとアルスを見やっている。

 そう。この場には国王シュンだけでなく、魔王ロニンもいる。この最強夫婦が存在する限り、絶対に安全なのだと――誰もが思った。シュンが真っ先に殴り込んだのは、彼らを安心させるためでもあった。


 しかしアルスとて人を超えた存在。

 頬をさすりながらも、よろよろと立ち上がってみせる。少しは効いたようだが、あれではまだかなりのHPが残っているだろう。


 ――やっぱり変だな……

 思わずシュンは舌打ちした。

 予想通り、奴は数年前とは明らかに強くなっている。以前などは指先一本触れただけで気絶していたはずだが、いまはシュンの殴打さえ耐えてみせた。間違いなく、ロニンの父――前代魔王よりは格段に強い。


 アルスは気障きざに前髪をかきあげると、ふうと息をついて言った。

「久々だなシュンよ。会った当時は村人だったものが……ふん、出世したものだな」

「そういうおめーは随分と堕落しちまったようだな。昔の面影がまったくねえ」


 そこでシュンはちらりと地面に目線を落とした。リュアが頭部から血を滴らせ、うつ伏せに倒れている。このままでは命が危ないと判断し、ロニンに病院までワープするよう頼んだ。妻は真剣な顔で頷くと、リュアを担ぎ、姿を消していった。その際、アルスはいっさい手を出してこなかった。もはやリュアには興味がないということか。


 シュンは改めてアルスに向き直った。

「一応聞いといてやるよ。てめーの目的はなんだ。なぜこんなことをした」

「ふん。わからぬか人間」

 アルスは空を仰ぐと、両腕を広げ、恍惚とした表情で語り始めた。

「これは貴様への復讐だ。そしてそれが成功したあかつきには、俺は人類を滅ぼす。……おまえの妻はモンスターだったな。まだ生かしておいてやるから安心しろ」

「復讐……人類を滅ぼす……だと……?」

 シュンはオウム返しに呟いた。


 復讐というならばまだわからなくもない。

 意図したわけではないが、アルスに恨まれているであろう自覚はある。負の感情をこじらせ、復讐に走ったのならまだ理解できる。

 だが、そこからなぜ人類滅亡につながるのか。シュンにはまるで理解できなかった。

 それを尋ねても、「貴様が知る必要はない」と言う。答える気はさらさらないようだ。


「村人よ。見てみろ、貴様の息子の顔を」

「…………」

「憎しみに歪んだ顔をしているだろう。……ふふ、どうだ。自分の息子が苦しむ様子を見るのは」

「……クズだな、てめえ」


 そしてこれがアルスの言う《復讐》なのだ。シュンの息子を窮地に陥れることで、シュンの心をも痛めつける。かなり悪質で、粘着質なやり口だ。

 さきほどアルスは「貴様が知る必要はない」と言った。いまは答えるつもりがなくとも、捉えて尋問させればいい。すくなくともこいつは三人に重傷を負わせた。ただで放免させるわけにはいかない。


 そう心に決め、シュンは戦闘の構えを取った。いくらアルスが強くなろうとも、こちらはレベル999。格の違いを見せつけてやる。

 アルスも剣の柄を握り、戦闘モードに入った。


「待ってくれ、父上!」


 そんな二人の戦いを制止してくる者がいた。

 シュンの息子――王子トルフィンである。彼は控え室から飛び出し、闘技場の外から、シュンに向けて頭を下げた。


「頼む、そいつは……俺に倒させてくれ!」

「ほう……?」

 アルスが剣から手を離し、あの嫌らしい笑みを浮かべる。

「さっきの戦いを見てもなお、俺と戦おうというのか。いい度胸してるじゃないか」


 それは事実だった。アルスのステータスはわからないが、すくなくともトルフィンよりは強い。まったく適わないわけでもないだろうが……


 だが。

 シュンは察した。

 トルフィンの心情を。

 彼の気持ちを。

 シュンとて、ロニンがあのように痛めつけられたらはらわたが煮えくり返るだろう。トルフィンはまさに、大事な人が呆気なく傷つけられるさまを、むざむざと見せつけられたのだ。

 その胸中は察するにあまりある。

 悔しそうな顔をしているトルフィンを見るのは初めてだった。


「しゃーねえ。トルフィン、おまえが戦え」

 とシュンは身を引いた。

「ただし、俺は近くでずっと見守ってる。危ないと感じたらすぐに辞めさせるからな」

「すまない……恩に着る」


 トルフィンはまた深く頭を下げると、ちょこんと闘技場にのぼりあがった。あの生意気な六歳児が、いかにも塩らしくなったものだ。それだけ悔しいのだろう。


「ふん。よかろう。息子も殺してしまえば、村人の心痛はさらに強まる」

 アルスもそう言って、戦いの相手をトルフィンに変更した。

 事実上の決勝戦、開始である。


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