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恐慌

「すげー!」

「いまのどうやったんだ!?」


 アルスの必殺技をたやすく対処したリュアに、観客たちが沸いた。黄色い声を上げる者、大きな拍手を送る者……それらの賛辞を、リュアはもじもじしながら受け止めた。

 ここにきて、さっきまで呆然としていた審判が思い出したように実況を再開する。


「こ、これはすごい! 息もつかせぬ展開! 魔法剣をあっさりぶった斬ったリュア選手! この試合、六歳児ながらリュア選手が優勢か――!?」

「えへへ……」

 赤い顔をしてうつむいているリュア。


 うん、可愛い。誰もがそう感じてるだろう――とトルフィンは思った。ここまでしてくれたら、勝敗がどうであろうと、なにかしてやらねばなるまい。

 そうして、皆がリュアに心酔しきっていたとき――


「ふふふふふ……」

 必殺技を返された勇者アルスは、しかし愉快そうな顔だった。剣を鞘にしまうと、両手を広げ、盛大に笑い始めた。

「あーっはっは! 面白い! やはりこうでなくてはな! リュア、貴様になら見せてやろう! 創造神の力をな!」

「えっ、創造神って……」

 リュアが言い終わらないうちに。


 地に響くような轟音が響き、周囲が振動し始めた。観客たちがどよめきの声をあげる。

 仰ぎ見れば、両腕を大きく掲げたアルスのまわりに、紫の霊気が発生している。バチ、バチという、電流がはじけるような異音も聞こえてくる。そのオーラは徐々に大きさを増していき、数秒後には闘技場をほぼ丸ごと包み込んだ。


 このとき、トルフィンは生まれて初めて、身も凍るような恐怖を感じ取った。

 アルスから発せられる膨大な霊気は、人間の限界を超えている。


 そう――あれは普通じゃない。


 アルスが両腕を下ろすと、それに呼応するかのように、紫のオーラも消えてなくなった。剣の柄に右手を触れると、リュアに視線を向け、にたりとわらう。


「さて、本番はここからだ……」

 瞬間、トルフィンはリュアへ右手を伸ばし、必死に叫んだ。

「駄目だリュア、逃げ――!」


 しかし遅かった。

 アルスが消えた――ように見えた。

 それはあまりのスピード。

 トルフィンでさえ、高速で走る奴の姿を完璧に捉えることができない。

 アルスは右手でリュアの頭を掴み。

 ガシン!

 そのまま地面へ激突させた。

 すさまじい威力だった。

 闘技場に穴が空いてしまうほどに。

 リュアは自分がなにをされたか認識さえできなかったのだろう。ただ無言まま、アルスに頭を引きずられている。

 闘技場の破片が飛び散り、審判がううっと後退する。


「あはははははは!」

 狂気の笑声を発しながら、アルスはリュアの頭部を地面にこすれさせていく。彼女は悲鳴すら発しない。おそらく気絶しているか、もしくは……

 そこまで考えてトルフィンは我に返った。審判を指差し、大声で怒鳴りかける。

「おいなにしてるんだ! 殺人は禁止のはずだろう! あのままじゃ死ぬぞ!」

「そ、そそそそうだ」

 審判は顔をぶんぶん振り、大きく笛を鳴らす。

「アルス選手、辞めなさい! このままでは失格ですよ!」

「やかましい! もはや目的は達した! 大会なぞどうでもよいわ!」

「なにを……!」


 審判が目を白黒させている間に、闘技場を護衛していた騎士たちが飛び出した。剣や槍、それぞれの武器を用いて、アルスに迫っていく。

 しかし元勇者にそれは通じなかった。アルスは残った左手を突き出すと、そこから衝撃波が発生し、騎士たちを吹き飛ばす。

「かはっ……」

 騎士たちは呆気なく地面に倒れた。動き出す者はひとりもいない。白目を剥いている騎士も数名いた。


 ここから先は地獄絵図だった。

 観客たちが逃げ出していく。

 悲鳴。恐慌。怒声。

 秩序もなにもあったものではなかった。

 親に置いていかれた子どもが、激しく泣いている。みな我先にと逃げ出していた。それを見た元勇者は、またも高らかな笑い声を発した。


「はははははは! 人間なぞこの程度の生き物よ! この俺が滅――」

 しかしその嘲笑は中断を余儀なくされた。

 闘技場に降り立ったシュロン国の王――シュンが、アルスの頬を殴打したからだ。

 


 

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