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存在そのものがチート

 悪魔シュンは、両手をゆっくりと天に掲げた。

 彼がすこし動くだけで突風が吹き荒れる。ゴルムは思わず呻いた。自分たちはさっきまであんな奴と戦おうとしていたのか。


 瞬間。

 シュンの両手から、怒濤の勢いで紅の可視放射が放たれた。濃密な血の色に染まったそれは、ある一定の高度まで達すると、無数の筋となって地上に拡散していく。ヒュウウウという落下音を、ゴルムはたしかに聞いた。


 そして。

 可視放射が落下した地点に、すさまじいまでの爆発が吹き起こった。ゴゴゴゴゴ……という轟音と同時に、紅の衝撃波が周囲に広がっていく。とんでもない威力だった。歴戦錬磨の騎士たちが、「ひいっ」と情けない悲鳴を上げてしまうほどに。


 しかもそれは一箇所だけではない。空から降りてきた無慮むりょ数十の光の筋が、ヒュウウウと地上に激突しては、大爆発を巻き起こしていく。


「く……うううううっ!」

 ゴルムも思わず悲鳴をあげた。


 ーー殺される。

 無謀にもシュロン国を侵攻しようとした人間軍を、シュンは跡形もなく消し去るつもりだ。おそらく、あの爆発に巻き込まれたが最期、肉片すら残らないであろう。他の騎士たちも同様に察したのか、情けなく地面に這いつくばりながら、必死に頭部を抑え込んでいる。


 こんな状況にあって、思わずゴルムは薄い笑みを浮かべた。

 シュロン国を侵攻しようとしたのは、そもそもが彼ら部下を守るためだったはずだ。無慈悲なエルノスの処刑から免れるため、納得しかねる命令を無理やり遂行しようとした。


 なのに。

 その任務途中で死んでしまうのか。

 なんて馬鹿馬鹿しい結末だ。俺たちはいったいなんだったのか。


 願わくは、王都に残してきた妻子だけでも幸福な人生を全うしてほしい。エルノスの悪政に惑わされず、無事に生きながらえてほしい。


 ーーすまん妻よ。俺はここで終わりのようだ……


 諦観とともに目を閉じた、その瞬間。


 ふと、ゴルムは違和感に気づいた。

 こちらには一向に光線が落下してこないのだ。シュンの攻撃からたっぷり数秒間は経過しているのに、騎士たちにはひとりも被害が出ていないのである。


 それだけではない。

 目を開けてみると、光線は無人の地にのみ激突しているのがわかった。人間軍にも、シュロン国民にもまったく当たっていないのだ。

 ーーどういうことだ……?


 ゴルムがぽかんと口を開けている間に、すべての光線が地上に落下し、周囲には黒煙が立ちこめる。落下地点には巨大なクレーターが発生しているが、やはり死者はいない。


 ゴルムが呆気に取られていると、ふいに、煙の向こう側からシュンの声が聞こえた。かろうじてシルエットだけが見える。


「わかったか。これが俺の力だ」

「俺の……力?」

「ああ。いまの攻撃の一部は、王都の近くにも落ちている」

「なに……?」

「これで王都の住民もわかったろう。シュロン国に攻め込むとはどういうことか。もともと、喧嘩をふっかけてきたのはそっちだぜ?」

「…………」

「早く帰って、このことを上に報告しろ。こんなもん見せつけられちゃ、さすがに咎められねえだろ」

「あ……」


 このとき初めて、ゴルムは合点がいった。

 彼が人間離れした力を見せてきたのは、人間軍を壊滅させるためではなかったのだ。


 ーーシュロン国。

 現時点では小国に過ぎないが、この国にはシュンという強力な《武器》がある。つまりは、彼自身が戦争への抑止力になるということを、全世界へアピールしてみせたのだ。実際にも、彼が本気を出せば王都そのものが危ないことになる。ゴルムはそれを身を以て味わった。だからそれを、早く上に報告しろというのだ。


 ここまでくれば、わざわざ足掻く道理もない。エルノスといえど納得するであろう。


「……最後に聞かせてくれ」

 煙の向こうの国王に、ゴルムは静かに問いかけた。

「二年半前……前代の魔王を倒したのは……おまえか?」

「さあ……どうかねえ」


 ふっとゴルムは笑う。


「……あくまで答える気はないか」

「……ひとつだけ言えることは、前代の魔王は最低のド変態だったってことだ」

「そうかい」


 前代魔王を倒した者。それほどの者に勝てるわけがない。また、魔王討伐という功績を成し遂げた者を殺す道理もない。このこともきちんと報告せねばなるまい。


 気づけば、足の痛みはだいぶ和らいでいた。いまなら動くことができそうだ。シュンがここまで計算していたのであれば、本当に末恐ろしい男である。


 ゴルムはゆっくり立ち上がると、大きく声を張った。

「撤収ー! 撤収だー!」

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