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お姉ちゃんの威信にかけて

 ミュウはひたすらに疾駆していた。


 ーー私の思い違いであってほしい。

 王都の軍団がシュロン国に攻めてきてるなんて。

 王都は生まれ故郷だ。それが敵になるなんて考えたくもない。


 数年前の記憶がミュウの脳内に蘇る。

 人間とモンスターの闘争。父も母もモンスターの餌食になった。私は身寄りをなくした。それを救ってくれたのがセレスティアだった。

 モンスターは憎いままだけれど、シュロン国が建設されると聞いて、素直に嬉しかった。もう戦争することもなくなったのだと。やっと意味のない闘争に終止符が打たれたのだと。


 なのに。

 今度は人間たちが襲ってくるなんて。

 なんで。

 どうして……


 視界が滲んでくるのを必死で拭う。数年前、お父さんとお母さんが殺されたときにも散々泣いた。あれから弱い自分とは決別したはずだ。もう絶対に泣かないと決めたはずだ。


 ーー強くならなきゃ。私はお姉ちゃんなんだ。

 両目をごしごしこすっているうちに、目的地に辿り着いたようだ。重たそうな鎧を着けた騎士たちが、一糸乱れぬ隊列で待機している。正確な人数はわからないが、シュロン国の国民よりもはるかに多いということだけはミュウにもわかった。


 その騎士たちから距離を置いて、シュロン国民が数十人、対峙している。屈強な男と、強そうなモンスターが並んでいるが、相手の驚くべき兵力に比べて、だいぶ心許ない人数だ。


 ミュウがごくりと唾を飲んでいると、背後からふいに呼び止められた。

「ミュウお姉ちゃん!」

「あ、あんたっ……」

 さっきミュウを呼びつけた男の子だ。

「なんでこんなとこに来たのよ! うちでおとなしくしてなさいよ!」

「だ、だって……」

 男の子が目を潤ませる。


 彼も怖いのだ。そしてこれから起こることを、なんとなく察しているのだ。だから信頼できる人に寄り添いたいのだろう。


 ミュウにとっての信頼できる人。

 シュン国王、そしてセレスティア。

 だが、二人はまだ戻ってこない。彼らに限って死んだということはないだろうが、早く帰ってきてくれないと、国が危ない。


 ーーセレスティアお姉ちゃん……


 ふいに、騎士のひとりが一歩前に進み出た。彼だけすこしだけ派手な装飾を身につけている。おそらく隊長格だろうと思われた。


「お初にお目にかかる。私はクローディア王国首都、第一部隊隊長、ゴルムと申す」

 ゴルムは形式的な挨拶を述べると、冷たい声を張った。

「先日、あなた方の王妃、ロニンが皇女セレスティア様を殺害した。我々は目下、国王シュンを捜索しているが、いまだに見つかっておらぬ。おそらく逃走したと見られる」


 その発言はミュウには衝撃的すぎた。

 ーーなんてことを……!

 ありえない。あの三人はミュウから見ても仲が良かった。それが殺し合い、果てに逃走なんて、絶対にありえない。


 周囲の国民たちも同様だ。

 国王シュンは常に国内を偵察し、国民ひとりひとりに向き合ってきた。だからわかっている。あのシュン国王が、そんな馬鹿げたことをするはずがないと。


「嘘をつけ! 俺らは知ってるぞ! エルノス王の狡猾さをな!」

 シュロン国民の人間が吼えた。

「またくだらねェ理由でっちあげて戦争おっ始めるつもりだろうが! そんな決まり文句、信じてたまるかよ!」

「……ほう」


 ゴルム隊長が読み上げていた書面をしまい、薄い笑みを浮かべた。


「随分と君主を信頼しているようだな。だが、いまの状況をどう見るのだ。この危機的状況にあって、君らの王は一向に戻ってこないではないか」

「…………」


 この言葉には国民も黙らざるをえなかった。

 シュン国王は《ワープ》という魔法が使える。それを用いれば、どんな場所にいようと一瞬でここに転移できるはずなのだ。それなのに戻ってこない。


「王様を馬鹿にするな!」

 それに反論したのは、ミュウにしがみついていた男の子だった。

「お、王様は、す……すぐに戻ってくるんだ! だから馬鹿にするな!」

「ちょっと!」

 ミュウは慌てて男の子を抱きしめる。

「ほう……またしても忠実なガキだな。まあ、開戦の見せしめにはちょうどいいか。ーーおい」


 ゴルム隊長が片手をあげて合図した。

 それに呼応して、数名の騎士が肩から弓矢を抜き、男の子に狙いを定めた。兜をかぶっているので表情は伺いしれないが、隊長が再び合図をすれば、本当に打ってくるつもりだ。


「うっ……」

 男の子が萎縮したような声を出し、ミュウのなかで丸くなる。

 そんな彼を見て、ミュウの怒りは最高潮に達した。


 ーー私はお姉ちゃんなんだ。

 もう泣かない。

 なにがなんでも、彼だけは助けてみせる。


「……なによ。なにがクローディア王国首都よ……」

 男の子を強く抱きしめながら、ミュウは最大限の声量を発した。

「そんな国なんかより、シュロン国のほうが百倍も、千倍も、一万倍も凄いんだから!」

「……ふん。聞く耳を持たぬか。ならば死ね」


 ゴルム隊長がもう一度片手をあげる。

 それに反応し、騎士たちが矢を引きーー


「よくぞ吠えた、お嬢ちゃん、上出来だ」


 聞き慣れない男の声が響いた。

 それと同時に、一陣の風があたりに舞う。

「ぐおっ」

「があっ」

 弓を構えていた騎士たちが悲鳴をあげ、武器を落とす。どうやら闖入者に腕を攻撃されたらしい。痛そうに自身の腕をさすっている。


 ーー誰?

 ミュウが目を見開いたのも束の間、ふわりとした風とともに、隣に着地する者がいた。


「さあ嬢ちゃん、その子を抱えてすぐ逃げな」

 ディスト幹部は刀を構えながら、優しく、しかし厳しく言い放った。

 ーーディスト。

 たしかロニンに次いでモンスター側を取り仕切っている幹部だ。

 直接話したことはない。関わる機会がなかったのもあるが、彼はモンスターであり、両親の敵でもある。だからミュウから積極的に話しかけようとしたことはない。


 ーーでも。

 この《ヒト》はいま、私を助けてくれた。モンスターなのに。私がずっと嫌っていた種族なのに。

 ミュウが呆気に取られていると、ディストがなにやらブツブツ言い始めた。


「ったく、どいつもこいつも、あんなちゃらんぽらんな《村人》のどこがいいんだか。ロニン様も取られてしまうし。ああ、なんて辛い立場なんだっ」

「……あの、大丈夫?」

「はっ、なんでもないぞ、あはははははは」


 いまさらのように紳士スマイルを浮かべるディスト。


「さあ、嬢ちゃんは早くここから離れなさい。危ないからな」

「は、はい」

 言われて、ミュウはそそくさと退散した。


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