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文字通りのお姫様抱っこ

 ーーなんて幸せなんだろう。

 シュンの胸に顔を埋めながら、セレスティアは深い感慨に浸っていた。


 これで迷いは吹っ切れた。

 王都を選ぶか。

 それともシュロン国を選ぶか。


 正直なところ、心の片隅では以前より決断できていた。けれどそれを行動に移せなかった。皇女という立場上、私の言動にはそれなりの影響力がある。


 安易にシュロン国に籍を移せば、それだけで王都は大騒ぎになるのだ。そこが皇族の不便なところといえよう。


 だが、もう迷うことはあるまい。

 私は知ってしまった。

 シュンという人間の素晴らしさを。

 彼はただ強いだけじゃない。なにも考えていないように見えて、かなりの思慮深さを持っている。大国を束ねるエルノス国王と互角の交渉をしたのがその証だ。

 それでいて優しく、崇高な目標も携えている。

 まさに指導者としてふさわしい器といえよう。父王ーーエルノスとはもはや比べ物にならない。


 父は私を見捨てた。たとえ今回、無事に帰還できたとしても、おそらくまた命を狙ってくるに違いあるまい。

 また、エルノスはシュロン国をも敵視している。彼の存在はすなわち、シュンやシュロン国の危機に直結する。せっかく人間とモンスターが手を取り合えるところなのに、エルノスという存在がそれをすべて邪魔するのだ。


 私の父。

 そして同時に、私の最大の敵。

 もう私は逃げない。皇女セレスティアとして、世界をあるべき姿に導いていくのだ。その道を阻む者は、たとえ肉親であろうとも容赦しない。


「ねえ、シュン」

 彼の胸に顔を埋めながら、セレスティアは小さく言った。

「もし……人類みんなが国民になったら、あなたは嫌かしら?」

「げっ、本気で言ってんのか」

「だって。あんなエルノス王に、国を任せられると思った?」

「……いいのかよ。あいつはおまえの父親だろ?」


 セレスティアは深く頷くと、続けて言葉を発した。


「私は決めた。これからはあなたについていく。お父様ーーいえ、父と敵対することになっても、一向に構わない」

「……そうか。まあ、俺ゃ将来引きこもればなんでもいいんだが」


 シュンはセレスティアの両肩を掴むと、その瞳を凛と見据えた。


「なら、ついてきてくれ、セレスティア」

「……はい」

 セレスティアは小さく、しかし力強く頷いた。

「でも、どうしよう。エルノスの座を奪還するのはいいけど、そもそも、ここから帰れないわ」

「うーん、そこなんだよなぁ」

 シュンはぼさぼさと後頭部を掻くと、空を指差した。

「ちょっくら、上から覗いてくるわ」

「……へ?」


 呆気に取られるセレスティアをまったく意に介さず、シュンは大きく屈み込むと。


「せいっ」

 かけ声ともに、上空へと跳躍した。アグネ湿地帯の木々は王城にも劣らぬ高さを誇っているが、彼はそれ以上の高度にまで飛び上がっている。


 ーーうっそ……

 毎度毎度、本当に驚かせてくれる男だ。レベルも999になると、あんなこともできるようになるのか。

 などと、すこしでも感動したのが馬鹿だった。


「あでっ」

 バコッ、と。

 シュンは無数の木の枝に頭をぶつけ、そのままひゅうと落下してきた。そのまま葉っぱのベッドへ、頭からダイナミックに着地する。ずどーんという音ともに、シュンは腰から上を地面に埋もれさせた。





「なにしてんのよ、もう」

 シュンの身体をはたきながら、セレスティアは頬を膨らませる。

「その、心配しちゃうから、やめてよ……危ないことは」

「……うるせぇな。上からアグネ湿地帯の規模を見ようとだな……」

「それはわかってますぅ」


 だからといって、考えもなしにいきなり大ジャンプをかますとは。空を見上げれば、木の枝が張り巡らされていることはわかるだろうに。


「でも、ちらっとは見えたぜ。だいぶ見晴らしが良かったんだが……こりゃあ、苦労するぞ。広いってもんじゃねえ」

「そう……」


 最後の土埃を落としつつ、セレスティアは呟いた。

 アグネ湿地帯。

 それは人類が長らく踏み込めなかった場所。

 それだけに広大で、抜けるのは一筋縄ではいかない。

 セレスティアが黙りこくっていると、シュンがなにかに気づいたかのようにひとりごちた。


「だいぶ見晴らしがよかった……もしかして……」

「どうしたの?」

「な、なあセレスティア。今度は二人で飛んでみないか?」

「えっ?」


 きょとんと目を丸くするセレスティア。


「い、嫌よ! 第一、私じゃあそこまで飛べないし!」

「そこは大丈夫さ。俺がお姫様抱っこしてやる」

「お、お姫……って、あんっ」


 ぼうっと頬を赤らめている間に、シュンはひょっこりセレスティアを持ち上げた。

 ーーえ、え、え。

 わけもわからず思考停止になるセレスティアに、シュンは乾いた笑みを浮かべた。


「さ、いくぞ」

「え、ちょっと、なんでーー!」

 セレスティアが止める間もなく。


 シュンはまたしても激しく飛び上がり、セレスティアはかつてない高度まで持ち上げられた。このままさらに上昇すれば、またしても木の枝に手荒く出迎えられーー


 ……あれ?

 そこでセレスティアは気づいた。

 紫の瘴気しょうきが、ない。

 地上には嫌というほどはこびっていた嫌な空気が、天空に近寄れば近寄るほど、次第になくなっていくのだ。


 ーーそうか。

 さっきシュンは、偶然にもこれを見たのだ……


「やっぱりな。これなら行けるぜ。セレスティア、しっかり捕まってな!」

「は……はい!」

 ぎゅっと彼の首に手を回す。

 そう。紫の瘴気しょうきさえなくなれば、シュンの魔法が使うことができる。


「ワープ!」

 シュンのかけ声と同時に、二人は幾何学模様に包まれーーそして、その姿を消した。

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