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普通じゃない男

 セレスティアは不思議な気分だった。


 ーー遠慮するな。国民のために働くのが王だ。違うか?


 さきほどのシュンの言葉。まさに私の座右の銘そのものだ。知ってか知らずか、シュンはその信念をもとに、私を助けようとしてくれている。


 放っておく、という選択肢もあったはずだ。

 私はさっきシュンを暗殺しようとした。見捨てられて同然の行為をした。なのにシュンは、そんなことは一切忘れたかのようにセレスティアをおぶってくれている。


 ーー私は、私はなんて愚かなことを目論んでいたのだろう。

《シュンとシュロン国どちらかを選べ》とはよく言ったものだ。シュンがいなければ、シュロン国も成立しえない。彼ほど貴重な人材を、私はなにも考えないで殺そうとした……


「なにか考えてるな」

 視線を前方に固定したまま、シュンがふいに問いかけてきた。

 相変わらず鋭い男だ。セレスティアはどもりながら答えた。

「う、うん、ちょっと……」

「あまり思い詰めるなよ。おまえが取った行動は、皇族としちゃ当然のもんだ」

「だ、だけど……」

「なんだ? 懺悔ざんげなら聞かねえぞ」

「う、うぅ……」


 ーーどうして。

 どうしてあなたはこんなにも優しいの。なぜこんなにも視野が大きいの。

 ーー私には、到底真似できない……


 その瞬間。

「おっと?」

 シュンがぴたりと歩行を止めた。とある一点を、厳しい目つきで睨んでいる。

「どうしーー」

 セレスティアが言いかけた、そのとき。


「ウグルアァァァァァァア!」

 この世のものとは思えぬ、化け物じみた胴間声が響き渡った。そのあまりの声量に、セレスティアは思わず身を竦ませる。音圧だけで、周囲にいた小鳥たちも逃げ出している。


「出たな……悪魔って奴か」

 ドン、ドン、と地に響くような足音を立てながら、なにかが近づいてくる。


 それはーー言うなれば、巨大蜘蛛きょだいぐも

 全長はシュンの実家ほどはあろうか。体節から八本の足が伸びており、それらの先端には獰猛な爪がある。また、全身が暗色の毛に包まれていて、その一本一本が針のように鋭い。視線を頭頂部らしき部位に向けると、大小さまざまな眼球が埋め込まれている。


「ギギギギ……」

 おぞましい鳴き声を発しながら、巨大蜘蛛が爪をこすりあわせ、こちらに向かってくる。どう見ても戦闘体勢だ。


 ーーやばい。あいつはやばい。

 本能的な恐怖に苛まれ、セレスティアは震える声を発した。

「に、逃げましょう。あれは危険だわ」

「は? なんで?」

「いや、なんでって、どう見ても……」


 ちょこん。

 セレスティアが言い終わらないうちに、シュンは彼女を地面に降ろすとーー


 あろうことか、あの悪魔に突っ込んでいった。


「う、うっそおおおおおお!」

 セレスティアは絶叫をあげる。あんな怪物相手に突進するなんて、普通はできない。あまりに危険すぎる。


 ーーが。


「おっりゃあ!」

 シュンは巨大蜘蛛の頭部に向けて跳び蹴りを放つ。その尋常ならざるスピードは、セレスティアにはまったく捉えることができなかった。それは巨大蜘蛛も同様だったようで、シュンの攻撃をもろに受けてしまう。


「ウギャアアア!」

 悲鳴のような叫び声を上げながら、巨大蜘蛛は大きく仰け反る。そこへ間髪入れず、シュンは殴打を叩き込む。


 ーーすごい。

 思わずセレスティアは呟いた。


 まるで勝負になっていなかった。次々と繰り出されるシュンの攻撃に、巨大蜘蛛はなすすべもなくすべて直撃する。


「おりゃあ!」

 一際大きな声を発しながら、シュンは強烈な蹴りを巨大蜘蛛に見舞った。


 直後。

「ウ、ウグルルル……」

 小さな呻き声をあげながら、巨大蜘蛛はその場に崩れ落ちた。

ドスン、という振動音が周囲に鳴り響く。


「よし、終わりっと」

 シュンは涼しい顔で両手をパチパチ鳴らすと、セレスティアのもとへ歩み寄ってきた。

「ほれ、行くぞ」

「…………」


 差し伸べられた片手を、セレスティアはしばし呆然と見つめる。


「なにぼけっとしてんだ。まだ動けねえか」

「う、動けます!」

 自身の顔が熱くなるのを感じながら、セレスティアはその手を掴むのだった。

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