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幼い皇女

 見渡すばかり、木、木、木。

 細い木が周囲一帯を覆っており、視界は最悪である。地面には背の高い雑草が生い茂っており、見たことのない奇妙な花もあちこちに咲いている。


「ここは……」

 ぐるりと周囲を観察しながら、シュンはひとり、呟いた。


 魔王城の周辺もこんな薄気味悪い森林が広がっていた。

 だが、不気味さにおいてはこの場所のほうが断然勝っている。

 どういう原理なのかは不明だが、空気全体が紫に淀んでいるのだ。それでいて、空は重たい灰色に包まれている。時間的にはもう深夜のはずなのに。


 呆然と立ち尽くすシュンの脇で、セレスティアがへたれ込んだまま、ぼそりと呟いた。

「そんな……《アグネ湿地帯》……」

「アグネ湿地帯……だって……?」

「うん……。古来から悪魔が住んでいる地で……危険すぎるから調査が難航してるって……」


 悪魔。

 ロニンの管轄する《モンスター》とは違うのか。

 セレスティアに尋ねてみるも、彼女にもわからないらしい。この場に魔王がいないことにはどうしようもない。


 どうやら、この場所に飛ばされたのは、シュンとセレスティアだけのようだ。


「くそ……あのクソったれのエルノスめ……」


 直接やり合ったところで適わないことはわかっていたのだろう。だからシュンたちを危険地帯へと《強制転移》させたのだ。

 シュンはため息をつき、右手を空に掲げた。どこに転移させられようとも、シュンには《ワープ》がある。また戻ればいいだけの話だ。


 ーーが。

「ありゃ?」

 シュンは目をぱちくりさせ、素っ頓狂な声をあげる。

「どうなってんだこりゃ。魔法が出せねえぞ」


 いつもの要領で魔法を発動させているにも関わらず、なにも起こらない。MPが減る感覚さえ沸かない。


 どうなってんだ……?

 シュンが戸惑っていると、セレスティアが助け船を出した。


「ここでは魔法は使えないわ。詳しい原因は不明だけど、この紫の空気が関係していると言われてる……」

「マ、マジかよ……」


 ということは、この紫の瘴気しょうきのない場所に抜けるまで、王都はおろか、シュロン国にも帰れないことになる。


 ーーロニン……

 客室に置いてきた妻が気がかりだが、彼女とて魔王だ。ちょっとくらいの困難なら自力で乗り越えられるのだろう。三年前には、力を合わせて魔王城を攻略した仲でもある。


 俺はここから出ることを考えないと……


「そうと決まったらいくぜ。いつまでもこんなとこにゃいたくねえ」

「う、うん……」

 しかしセレスティアはへたれ込んだまま動かない。

「なにしてんだ。さっさと行くぞ」

「ごめん。た、立てない……」

「は?」


 シュンは改めてセレスティアを見下ろす。


 震えていた。

 いつもの強気な態度はどこへやら、身体をぶるぶる震わせ、顔もどこか萎縮している。まるで追いつめられた猫だ。

「ごめんシュン君。私、怖いの……動け、ない……」


 ーーいや。

 彼女を攻めることなどできない。

 ーー皇女セレスティア。

 彼女は実の父に裏切られ、シュンごと強制送還されたのだ。しかもその場所が、人類にとって未踏の危険地帯……


 皇族とはいえ、本来は学園に通っているはずの年齢なのだ。怖いものは怖い。


 シュンは息を吐くと、セレスティアの前に屈み込んだ。

「おぶってやるよ。乗れ」 

「え……で、でも……」

「遠慮するな。国民のために働くのが王だ。違うか?」


 セレスティアの息を呑む気配。


「……そ、それって……」

「ん?」

「い、いえ、なんでもない」

 そう言ってから、セレスティアは遠慮がちに、シュンの背中に身体を預けるのだった。

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