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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
愛の歌
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前兆(3)

 屍をなぎ倒して、ノォトたちは進んだ。

 まっすぐ歌の聞こえる方へ。その歌はよく耳に馴染むものであった。

 フィオネとリィンはそれぞれ、力のある歌を持っているが、シーナにもしっかりと引き継がれているようであった。

 近づいていくにつれ、声は大きくなっていく。そして屍の兵士たちも動きがさらに鈍り、数を減らしていた。

 これが歌の力か、とノォトは感心する。女神ヘルの前では本調子でなかったフィオネも、歌の力があれば対抗できるのだろうか。


「ノォトさま、あそこへ」


 リィンが指差したのは、森の中でもひときわ大きな木であった。

 木とはその重ねた歳の数だけ大きくなり、それは持っている力もそうであった。

 もしこの森の中で、木々の序列をつけるのだとしたらその木は頂点にある。獣たちでさえ敬うだろう。

 ノォトはグラニを大樹の側につけた。


「あっ……リィンさんと、ノォトさん」


 歌が止んだ。代わりに声がする。

 少女がいた。シーナだ。

 リィンがグラニから降りて、駆け寄る。そしてシーナを抱きしめた。泣いている彼女を見たことはあるが、安心したように泣いているのは初めて見た。


「ああ、よかった、よかった」

「大丈夫です、リィンさん」


 こうして見ていると、シーナの方がよっぽど大人のようだ、とノォトは苦笑する。


「それにしても、よく無事だったな」

「うん、最初はびっくりしたけど、歌えばいいんだよって木のおじいちゃんが」


 木のおじいちゃん? とノォトとリィンが顔を見合わせる。

 すると、ずん、と影が現れた。

 傾いたのだ。日ではなく、木が。

 目の前にある大樹が、わずかに揺れる。

 木肌に見える顔がそこにあった。


「これならば幾分、話しやすいか」


 ノォトは驚きが隠せなかった。リィンに制止されなければ、魔剣を抜き放っていただろう。

 落ち着いて見れば、それは木の精霊であった。

 話にしか聞いたことがなく、実体を初めて見た。


「あなたが、シーナを救ってくれたのですね。森の長よ、感謝いたします。人の子を、お守りくださったことを」

「ただ生きたいと思ったものがいたから、助言をしたまでのこと。よもや天上の歌を人の口から聞くことになろうとは思わなかったがな」


 大樹はそう言った。

 厳かで、腹に響くような低い声であったが、聞くのが心地よい。

 どれほど生きているかはわからないが、かつても歌を聞いたことがあったのだろう。リィンは安心したように息を吐いた。

 すると大樹は、ノォトの姿を見るとにんまりと笑った。


「然るに、そなたが竜殺しで相違ないな?」

「なぜ知っている」

「簡単なこと。お前を知る者から聞いただけのこと」

「俺を知る者……まさか!」


 そのまさかだ。大樹は言った。


「エルフの女王より、すべての森の長へと伝令があった。其の刻来たれり。死は地上へと溢れる。その気があるならば、立たれよと」

「……なるほど、いかにも彼女らしい」


 ノォトは笑う。人づての言葉であっても、彼女の姿を思い浮かべることができた。

 厳しい顔を浮かべて、大樹はノォトに向けて口を開く。


「古の時より大地に根付いてきた我々は、予言も、そして屍を操る奴らの正体も知っている。しかしこの通り、ここを動くことは叶わない。勇者よ、そしてその妻たる姫君よ、聞いておくれ」


 小さな願いをゆめゆめ、忘れるでない。

 大樹はそう言った。ノォトは理解ができなかった。


「人の王となり、エルフの女王と並ぶ者よ。この身においては、人の世がどのようになってもかまわぬ。そも、大願など、人の身には有り余るもの」

「それは……」


 人の王よ、と呼びかけるも、その民草はどうなってもいいとノォトには聞こえた。

 フィオネと言うことが違う。森の長の言葉は、それだけでノォトの意識を引っ張った。


「滅びは防げぬ。その業火を止める術を、我ら森の者たちは持たぬ。であれば、人の身で何ができようか」

「いいや、滅びの業火は止めてみせる。そのための力を俺は身につけた。そして、フィオネもそのために動いてきた。死は天上には届かない。ここで止めてみせる」

「……愚かなことよ。止めはせぬ。せめてその愚かさに悔いるがいい。だが、我々の言葉を忘れるな」


 身に余る願いは捨てよ。大樹はそう繰り返した。

 反論しようと思ったがやめる。ここで時間を過ごしている場合ではない。歌が止んだいま、屍たちは少しずつ迫ってきているに違いないのだ。


「助言、感謝する。だが、俺は行かねばならない」

「よい。行くがいい。古の契約に従い、エルフからの頼みごとを果たした今では、この身が朽ちようと構わぬ」


 おじいちゃん、とシーナが声をかけた。

 ノォトへと向けていた顔はどこへ行ったやら、大樹は顔を綻ばせた。


「少女よ、否、シーナよ。よい歌であった。この老いぼれでも、生きようと思った。ゆえに、ついこの男に話しすぎたわ」

「死なないで、おじいちゃん」

「……死なぬように生きることの虚しさよ、生きるために死なぬことの楽しさよ。シーナ、そのことを胸に刻みなさい。もし王がこの世を生かした時、お主が生きるのだ」


 そう言い残して、大樹から気配が消えた。

 かわりに現れた気配に、ノォトは目を鋭くする。

 死の気配、屍の尖兵たちだ。

 ノォトは魔剣を引き抜いて、リィンへと言葉を飛ばす。


「俺は……行くぞ。アルヴァルトの元へ、まず行く。エリオたちも向かうことだろう。今や、かの国がこの世で最も栄えている。彼らを相手にして生きのこるのはあそこにおいて他にいまい」


 視線をやる。リィンはシーナを抱き、ノォトと視線を合わせていた。


「リィン、君は村の者たちを守ってくれ。遅れてでもいい、国へ」

「……わかりました。その代わり」


 リィンはそう言って、黄金の指環を外し、ノォトに差し出した。


「私は、大丈夫です。けれども、あなたは戦火の最中へと向かっていくでしょう。であれば、黄金の護りはあなたにこそ必要です」


 ノォトは頷いて、指環を受け取る。

 彼女の持つ槍の腕前と刻印術であれば、屍の兵士たちなど相手にもならないだろう。

 村の者たちを守りながらとなれば難しいだろうが、数十人の行進を守ることができるのは彼女しかいないのも事実だ。


 二人は約束する。

 死との戦いを終えた時、再び指環はあるべき場所へと返すと。


 自分の元に戻ってきた指環は、まだ熱を持っているようだった。




   *   *   *




 愛すること。愛されること。

 愛しようとすること。愛されようとすること。

 私たちは何も知らずにいた。そしてわずかばかりを知って、すべてを知ったような気にさえなった。

 溺れる、といのはこういうことなのでしょうか。

 その答えはきっと、父や母であってもわからぬことでしょう。


 たくさんの愛があって、それは一様ではない。そしてどれが一番などと傲慢なこと。


 けれども、私たちは知った。

 死は誰にでも訪れるということ。

 それは運命に従っていても、運命に逆らっていても、同じ。

 日が登り、そして沈むように。

 魂は生に上り、死に沈むのである。


 私が得たものはきっと、そのわずかな時間の、けれども眩しいもの。


 わたしたちの愛の歌。

第三章『愛の歌』完結


次回、第四章『死の歌』へと続く…

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