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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
剣の歌
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霜の狼(3)

 ノォトと人狼は、恐るべき戦いを繰り広げた。

 おおよそ戦場では起こらぬものだ。尋常ならざる者でなければできぬこと。

 方や、人ならざる者である。人狼は大きな体で大地を這うように走る。だがその速度は馬すらも超えるもので、大きな爪は大地を裂いてなおも止まらない。

 だが、対するノォトもまた常人の域から外れている。人狼の動きを読み、自分の身ではない馬を操ってみせる。人馬一体とはまさにこのことだ。

 両者は並走しながら、剣と爪を交え続ける。平穏だった人里近くに似つかわない音が鳴っている。

 恐るべきは幾多の戦場で幾つもの命を奪ってきた剣でさえ届かぬ人狼の力か、人並みを超えた力を持っている人狼をたった一人で抑え付けるノォトか。

 馬の嘶きと、人狼の呻きが響く。

 ノォトは頭が沸騰しそうだった。あまりにも早い攻め手、あまりにも速い動き。

 追いつくので精一杯だった。呼吸も止まりそうだ。

 だが、負けることは許されない。背を向けることも許されない。

 それはノォトが己に課した誓いだった。


「おおおおおおおっ!」


 吠える。ノォトも、人狼も。

 剣が人狼の肩へと叩き込まれた。しかし、弾き返される。

 当たりが浅いわけではない。致命に届く一撃だったはずだ。

 ノォトは察する。この人狼は鎧を超える硬度を持っている。鎧さえも通すノォトの剣が通じなかったのだ。そうとしか考えられまい。

 人狼の爪が翻った。大地を抉り取りながら、死角からノォトへと迫る。

 グラニが巧みに足で音頭をとり、爪を躱してみせる。

 心の内で友へ「よくやった」と喝采を送り、剣を掲げる。

 幾たびも交差し、やがてノォトは己の剣に限界が近づいてきていることを悟る。

 どうやら使いすぎたようだった。やはり戦場の一つも越えられないか、と舌打ちをした。

 やがて人狼がまた追いついてくる。グラニがまた離れようとするのを、ノォトは手綱を握って近づくように言った。

 グラニが不満そうに声をあげるのを「大丈夫だ」と小さくつぶやいて、安心させた。


「いくぞ!」


 ノォトが叫ぶと、グラニは人狼へと近づく。相手の動きを見ながら、爪の振るわれぬ死角をとり続ける。ノォトの馬術ではとうていできない、微細な芸当だ。グラニが己の意思で行っているのである。

 そして最も近づいた瞬間、ノォトは人狼へと飛びついた。

 地面を転がり、腕の力で押さえつける。

 馬乗りになって剣を大きく振りかぶると、人狼の頭へと振り下ろす。

 狙いは鍛えられぬ場所。瞳。

 剣を突き刺す。狼が悲鳴をあげる。暴れまわっているうちに、ノォトは弾き飛ばされた。

 今度は地面をのたうち回り、どうにか立ち上がる。

 目に剣の刺さった魔獣。限界を迎えたノォトの剣は、刺さったまま砕け散った。

 刺さったままの破片を、人狼は抜く。血が溢れ出していた。

 残った瞳には怒りに染まっていた。だが、その怒りは獣から程遠いものに見えた。

 まるで、傷を負わされた戦士のような。


「まさか……」


 あれは明確な意思のある瞳だ。

 己に傷を与えた者を忘れまじと。

 己に恥を与えた者を許すまじと。

 そう決めた瞳だ。戦士の持つ瞳だ!


「何者だ、答えろ」


 ノォトは叫んだ。人狼は怒りに顔を歪めた。

 これ以上、彼と戦うことはできない。自分の手には剣が握られていない。相手の手には爪がある。

 かくなる上は徒手空拳で戦う覚悟はしているが、勝算はない。

 そこへグラニが駆けてきた。ノォトの前へと立ちふさがる。彼はノォトを守らんとしているのだ。


「やめろグラニ!」


 だが、彼は聞かない。ノォトの友であるがゆえに。

 グラニが走ろうとし始めた、よりも早く。

 風をまとったトナカイが黄金の輝きを放つ。フィオネがさらなる力を発揮していたのだ。

 人狼へと向かっていくと、風で盾を作り、巻き上げていく。

 大きな嵐となったフィオネによって人狼は空へと投げ出され、地面に叩きつけられた。

 見れば、他の狼たちも力なく倒れている。フィオネはすでに片付けていたようだった。

 なおも立ち上がった人狼は、形勢を不利と悟ったのか走って去っていく。フィオネはそれを追わなかった。

 変化の魔術を解くと、ノォトの元へとやってくる。

 そして満足そうに笑って腰に手をあてた。


「これで貸し一つね!」

「……そうなるな」


 ノォトは仏頂面でそう言った。そんなノォトの胸を、フィオネは拳で叩く。


「そんな顔しないの。命があっただけよかったわ。人のくせに、やるじゃない」

「ふん」


 褒められても慰めにはならなかった。

 次に奴がやってきたとき、勝つことができるのだろうか。

 やはり、剣が必要だ。十全の力を発揮するための剣が。


「ほら、人里いくんでしょ! 行こっ!」


 フィオネはノォトの手を引っ張る。まあ、悪い気分ではないな、と心の中で言うのだった。

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