飾り(2)
エリオとノォトが武具の手入れをしていると、足音が聞こえた。
聞きなれないそれはテルエスのものであるだろうと、すぐにわかる。
「エリオ、ただいま! ノォト様も、夫の相手をありがとうございます」
テルエスが満面の笑みで帰ってくる。黒髪には花びらがいくつかついていた。
昨日の雨がうって変わって、快晴であった。草木も喜んで花を咲かせているだろう。
一国の王女であるテルエスが花びらを纏う姿は可憐であった。
エリオが惚れるというのもうなずける。
そのエリオが、テルエスを真っ先に迎え入れた。
「おかえり。洗濯は終えたのか」
「ええ。きちんと干してきたのよ。ノォト様、リィンは家事がとっても上手なのね。私、全然したことがないから、とても勉強になるわ。帰ったら少し手伝っちゃおうかしら。好きな人の服を洗えたら幸せかも!」
「……そう言ってもらえるなら、彼女も喜んでいるだろうな」
リィンはものを教えるのが好きな質であるし、褒められるのもとても喜ぶ。テルエスは箱入り娘であろうから、彼女にとってさぞかし教えがいのある相手だっただろうな、と思った。
なにがおかしいのか、ふふっ、とテルエスは急に笑う。
「ノォト様は、リィンのことになるとそんな風に微笑むのね。昨日の笑みは少し、恐かったわ。そっちの方がずっといい」
テルエス、とエリオが名を呼んで諌めた。舌を出して、ごめんなさいとテルエスは謝る。
ノォトは顔が赤くなるのを感じた。そして自分の手で頬を触って確かめた。
自分の顔であるのに、そうではないような感触であった。
そのことがさらに、二人の笑いを誘った。
恥ずかしいながらも、咳き込んでノォトは言う。
「ところで、リィンはどうした?」
「あれ。まだ来ないのかしら。リィン!」
テルエスが呼びかける。視線の先には、木陰からこちらを覗く影があった。
長い髪が隠しきれていない、あの姿はまさしくリィンだ。
こちらを何度も見ては目線を外している彼女は、やがて意を決したのか、木陰から駆け寄ってくる。
その頭には、見慣れないものが載っていた。
いつか見た髪飾りではなく、冠である。それも白い花によって編まれ作られた花冠だ。
「それは?」
「テルエス様からいただきました。編み方も習いまして……私、花をこのようにする遊びは初めてでした。人はこのような営みを持っているのですね」
その言い回しに、エリオたちは首をかしげる。
ノォトは気が気ではなかったが、照れているものの満足げなリィンを見ていると、どうでもよくなってくる。
自分ではこのような発想はなかった。花とはそこらで咲いているものであり、戦いにもなれば踏み散らかしてしまうものだとばかり考えていた。
ふとすると、少し不安げな顔でリィンがノォトの顔を見上げる。微笑みも少し崩れていた。
わからないでいると、エリオとテルエスが何か言っていた。思ったままに言え、と言っているように見える。
ノォトは首をかしげたまま、その通りに口を開いた。
「ああ、綺麗だな。花を飾る、とは思いもしなかった。女というものは、衣服と化粧ばかりだと思っていたが、リィンには花がふさわしい」
果たして、それは褒め言葉であっただろうか。あまりにも素直に言い過ぎやしてまいか。
ノォトの思いとは裏腹に、リィンは顔を真っ赤にさせた。
まあ、だとか、ああ、だとか言いながら、顔に両手を当てて。
その様子があまりに愛おしく、ノォトまで照れてしまう始末だ。
「あ、あの、城の中も……せめて居間に花を飾ろうと思うのだけれど、いい?」
「俺は構わないが」
承諾すると、リィンは走って再び外へ出て行ってしまった。
戦乙女である彼女の健脚は、並み居る戦士たちでも追いつくことはできない。鎧を着ていても、あれほど早く走って見せる。
驚いた表情を浮かべつつも、テルエスは彼女の後を追いかけた。
ぼうっと眺めていたノォトは、エリオに肩を叩かれて気づく。
「さすがは王子と言ったところか」
「どういうことだ」
「人をその気にさせるのが上手いってことだ。あるいは、女にだけか。どれだけの女を泣かしてきたのか」
「そんなつもりはない」
そもそも、ノォトが関わった女性など、たかが知れている。
エリオの方が女性を泣かせていそうでもある。
「大方、テルエスの意向だろうな。あの子は花が好きな子だ。これを機に城を飾ってみてはどうだ?」
「……客人など、考えてもいなかったからな」
「なにを言うか。日々の彩りは、生の彩りだ。その色は人それぞれだがな。まずは着飾ることから始めても損はない」
ノォトは頷く。その意味はわからなかったが、限りある生の中にそんな余暇があっても、構わないだろうと思った。




