飾り(1)
翌朝になって、ノォトとエリオは庭に出ていた。
きっと広場として使うのであろうそこは、ノォトとリィンの修練場であった。
床には、刃を擦ったような跡が無数に残っている。つまずくほどではないが、足場を少し悪くしている。
そんな床はなんのそのと、ノォトとエリオは互いに武具をぶつけあっていた。
お互い、自分が本来使っている得物ではなかった。
ノォトの魔剣は言わずもがな、エリオの武具も相当な業物であった。そんな二つを打ち合えば、それは小さな戦争にも匹敵してしまうだろう。
これは鍛錬の一環だ。だから、二人とも城にあった武具を使っている。ノォトは両手剣で、エリオは長槍だ。
尤も、それらは神々が不要として捨てた武具である。並大抵のものではないのだが、二人は気に留めず振るっていた。
歴戦の戦士たる二人は、初めて握った武具であっても手足のように扱ってみせる。
戦場では、ときに武器を変えて戦うこともある。それは拾ったもの、奪ったものであることが多い。
「はああっ!」
裂帛の気合いとともに、エリオが打ち込んでくる。
その顔は冷静である。汗を流しながらも、苦悶の表情は浮かべない。
槍の腕前は、一流どころではなく、無双と言えるだろうとノォトは思った。
戦場に出れば誰よりも首級を上げているだろう。
もし、そのときに出会っていれば、壮絶な戦いになったであろうことは想像に難くない。
突き出される槍を、ノォトは身を捻り躱す。剣と槍の差は一目瞭然だった。届く距離の差は、ノォトは嫌と言うほど承知している。
それでも。ノォトの剣は槍より強い。
剣の刃で、槍を滑らせた。槍の切っ先は恐るべき威力を持っているが、その腹には力はない。
中頃まで滑らせて、一気に跳ね上げた。槍は大きく打ち上げられる。
驚きの表情をエリオは浮かべる。
ノォトは剣を上段から振り下ろした。
刃はエリオの肩に触れる前に寸止めされる。
ふう、と息を吐いてノォトは剣を下ろす。この打ち合いはノォトの勝ちであった。
「……参った。これは参った! 私よりも強い者はいるだろうと常々思っていたが、当代一の英雄とこれほど差があったとはな!」
エリオは言った。
負けたというのに、晴やかである。
戦士である彼は、より強い者に負けることを至上だとしている。
それはかつてのノォトも同じであった。戦場で、自分より優れた戦士に負けるのであれば、仕方ないこと。最後まで誉れある戦いができれば、やがて戦乙女が自分を導いてくれる。大神オーディンの元で英霊になるという名誉を得ることができる。
すべての戦士の根にある思想だ。
いつの間にか、ノォトからその考えは抜け落ちていた。まるで仕組まれているようだ、とすら思うようにもなっている。
「だが、戦場で出会えばわからなかった。ここで出会ったことは、俺にとっても僥倖と言えよう」
「それはどうかな。私には、ノォト、お前が手加減をしているように見えたぞ。まるで壊れ物を扱うがごとき慎重さだ。ひとつ問いたい。それはなぜだ?」
エリオが目を細めて言った。
確かな殺意が向けられた。
戦士としての言葉なのだ。
「……いや、全力だったさ。だが、そのすべてをここで見せるほど、ここでの打ち合いは重要なものではない」
「手のすべてを見せるのは戦場のみ、ということか。なおさら、謙遜が過ぎるというものだぞ、ノォト。この程度の打ち合いでは底がまったく見えなかった。その本気を引き出せない自分があまりに無力に思えた」
「そういじめてくれるな」
ノォトが言うと、エリオは曖昧な笑みを浮かべる。
「どうしてその力を振るうことをやめたのか。戦乙女に選ばれるような誉れある戦いに臨めたろうに」
それもまた、意地悪な問いかけであった。
いいや、エリオからすればそれは最大の賛辞であっただろう。
けれどもノォトは、生きながらにして戦乙女に選ばれているのだ。
「俺はもう、人と戦うことはないだろう。もはや、国には縛られぬ。家も家督も地位も名声も捨てた。そして俺は一個の人として、ここで得なければならないものがあるのだ」
一個の人、とエリオは繰り返して言った。
どこか微笑ましく、そして羨ましそうな顔を浮かべていた。
「口は挟むまいと思っていたが、いらぬことを言ってしまった。申し訳ないな。戦士として、そして一国を率いる者として考えてしまうものだ。惜しい、と」
「ありがとう。友にそのように言われて、嬉しく思う」
俺とて戦士だからな。ノォトは言った。
感心したようにエリオは頷く。
「ノォト、その名を戦士たちが聞けば震え上がる。貴方を前にして誉れある気力で戦える者がどれだけいるか。だが、その貴方が姿を消して諸国は大騒ぎであった。その理由がようやくわかった。なるほど、国を捨て、一人で戦っているのだな」
その相手を知らないままに。
自分自身もわかっていない、いずれ来る終わりの刻と戦うために。
ノォトは鍛えている。
その剣技は、魔剣を握れば神域にあるとすら思えているし、知識にはこの世のことがあった。
エリオは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「だが、天下無双の戦士を真に負かしたのは、一人の美しい女だった、というわけだ」
「なっ!?」
「言わずともわかる。噂に聞いていたよりずっと温かく、柔らかな者だと私は思った。だが、それは違うのだな。噂はどうか知らぬが、貴方の優しさの源はリィン殿だ。違うか?」
そう問われて、ノォトは視線を彷徨わせた。何かを口にするよりも雄弁な返答をしていたとしも知らずに。
「だが、はは、女の扱いに慣れていないと見える。いや、それはリィン殿も同じか。それゆえに上手くいっているのだな」
「何が言いたい?」
「なに、もうすぐテルエスとリィン殿が帰ってくる。そのときにでも話そう」
新たな友人は、そう言って片目をつぶってみせた。




