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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
愛の歌
86/102

飾り(1)

 翌朝になって、ノォトとエリオは庭に出ていた。

 きっと広場として使うのであろうそこは、ノォトとリィンの修練場であった。

 床には、刃を擦ったような跡が無数に残っている。つまずくほどではないが、足場を少し悪くしている。

 そんな床はなんのそのと、ノォトとエリオは互いに武具をぶつけあっていた。

 お互い、自分が本来使っている得物ではなかった。

 ノォトの魔剣は言わずもがな、エリオの武具も相当な業物であった。そんな二つを打ち合えば、それは小さな戦争にも匹敵してしまうだろう。

 これは鍛錬の一環だ。だから、二人とも城にあった武具を使っている。ノォトは両手剣で、エリオは長槍だ。

 尤も、それらは神々が不要として捨てた武具である。並大抵のものではないのだが、二人は気に留めず振るっていた。

 歴戦の戦士たる二人は、初めて握った武具であっても手足のように扱ってみせる。

 戦場では、ときに武器を変えて戦うこともある。それは拾ったもの、奪ったものであることが多い。


「はああっ!」


 裂帛の気合いとともに、エリオが打ち込んでくる。

 その顔は冷静である。汗を流しながらも、苦悶の表情は浮かべない。

 槍の腕前は、一流どころではなく、無双と言えるだろうとノォトは思った。

 戦場に出れば誰よりも首級を上げているだろう。

 もし、そのときに出会っていれば、壮絶な戦いになったであろうことは想像に難くない。

 突き出される槍を、ノォトは身を捻り躱す。剣と槍の差は一目瞭然だった。届く距離の差は、ノォトは嫌と言うほど承知している。

 それでも。ノォトの剣は槍より強い。

 剣の刃で、槍を滑らせた。槍の切っ先は恐るべき威力を持っているが、その腹には力はない。

 中頃まで滑らせて、一気に跳ね上げた。槍は大きく打ち上げられる。

 驚きの表情をエリオは浮かべる。

 ノォトは剣を上段から振り下ろした。

 刃はエリオの肩に触れる前に寸止めされる。

 ふう、と息を吐いてノォトは剣を下ろす。この打ち合いはノォトの勝ちであった。


「……参った。これは参った! 私よりも強い者はいるだろうと常々思っていたが、当代一の英雄とこれほど差があったとはな!」


 エリオは言った。

 負けたというのに、晴やかである。

 戦士である彼は、より強い者に負けることを至上だとしている。

 それはかつてのノォトも同じであった。戦場で、自分より優れた戦士に負けるのであれば、仕方ないこと。最後まで誉れある戦いができれば、やがて戦乙女が自分を導いてくれる。大神オーディンの元で英霊エインヘリヤルになるという名誉を得ることができる。

 すべての戦士の根にある思想だ。

 いつの間にか、ノォトからその考えは抜け落ちていた。まるで仕組まれているようだ、とすら思うようにもなっている。


「だが、戦場で出会えばわからなかった。ここで出会ったことは、俺にとっても僥倖と言えよう」

「それはどうかな。私には、ノォト、お前が手加減をしているように見えたぞ。まるで壊れ物を扱うがごとき慎重さだ。ひとつ問いたい。それはなぜだ?」


 エリオが目を細めて言った。

 確かな殺意が向けられた。

 戦士としての言葉なのだ。


「……いや、全力だったさ。だが、そのすべてをここで見せるほど、ここでの打ち合いは重要なものではない」

「手のすべてを見せるのは戦場のみ、ということか。なおさら、謙遜が過ぎるというものだぞ、ノォト。この程度の打ち合いでは底がまったく見えなかった。その本気を引き出せない自分があまりに無力に思えた」

「そういじめてくれるな」


 ノォトが言うと、エリオは曖昧な笑みを浮かべる。


「どうしてその力を振るうことをやめたのか。戦乙女に選ばれるような誉れある戦いに臨めたろうに」


 それもまた、意地悪な問いかけであった。

 いいや、エリオからすればそれは最大の賛辞であっただろう。

 けれどもノォトは、生きながらにして戦乙女に選ばれているのだ。


「俺はもう、人と戦うことはないだろう。もはや、国には縛られぬ。家も家督も地位も名声も捨てた。そして俺は一個の人として、ここで得なければならないものがあるのだ」


 一個の人、とエリオは繰り返して言った。

 どこか微笑ましく、そして羨ましそうな顔を浮かべていた。


「口は挟むまいと思っていたが、いらぬことを言ってしまった。申し訳ないな。戦士として、そして一国を率いる者として考えてしまうものだ。惜しい、と」

「ありがとう。友にそのように言われて、嬉しく思う」


 俺とて戦士だからな。ノォトは言った。

 感心したようにエリオは頷く。


「ノォト、その名を戦士たちが聞けば震え上がる。貴方を前にして誉れある気力で戦える者がどれだけいるか。だが、その貴方が姿を消して諸国は大騒ぎであった。その理由がようやくわかった。なるほど、国を捨て、一人で戦っているのだな」


 その相手を知らないままに。

 自分自身もわかっていない、いずれ来る終わりの刻と戦うために。

 ノォトは鍛えている。

 その剣技は、魔剣を握れば神域にあるとすら思えているし、知識にはこの世のことがあった。


 エリオは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「だが、天下無双の戦士を真に負かしたのは、一人の美しい女だった、というわけだ」

「なっ!?」

「言わずともわかる。噂に聞いていたよりずっと温かく、柔らかな者だと私は思った。だが、それは違うのだな。噂はどうか知らぬが、貴方の優しさの源はリィン殿だ。違うか?」


 そう問われて、ノォトは視線を彷徨わせた。何かを口にするよりも雄弁な返答をしていたとしも知らずに。


「だが、はは、女の扱いに慣れていないと見える。いや、それはリィン殿も同じか。それゆえに上手くいっているのだな」

「何が言いたい?」

「なに、もうすぐテルエスとリィン殿が帰ってくる。そのときにでも話そう」


 新たな友人は、そう言って片目をつぶってみせた。

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