温もり(3)
宴は、リィンが言っているよりもずっと豪勢なものになった。
城の外の話に花を咲かせて、雨の降る音よりも大きな声で笑いあう。
それはノォトがこの城に来てからも、その以前からもなかった光景であった。
と言っても、話しているのはエリオとテルエスの二人であって、ノォトとリィンはもっぱら聞いている側であった。
その代わりに、ノォトは自分の冒険を話した。
エルフの女王とドヴェルグの王と出会い、巨人を殺し、国を殺し、竜を殺した話を。
それぞれが違う生き方をし、その道がここで交わったことに何度も乾杯した。
二人には一室を貸し与える。疲れ切っているだろうし、食事をしたとはいえ体を冷やしているだろうから、いまごろはぐっすりだろう。
一方で、ノォトとリィンは自分たちの寝室で横になっていた。
さきほどまで笑顔を浮かべていたリィンであったが、寝台に登ると、少し泣きそうな顔を浮かべた。
「私には、皆様に話せるようなことがありません」
それを聞いて、はっとする。
彼女は戦乙女だった。大神オーディンの娘として戦場を飛んでいた日々は、人のものではない。それは雨が降ることや、風が吹くことのようにそこにあるものだった。
心のない彼女が見ていた光景は、思い出ではなく記録なのだろう。
語ろうにも、ふさわしい言葉が見当たらない。いや、そんなものを語られたとして、面白いかどうかと、彼女は思っているのだ。
正しく彼女の人として生が始まったのは、父と出会った時なのかもしれない。正しかったことが誤りであり、罪過であり悪であるとわかっていても信じ進んだ者と出会った、あのとき。
であるならば、思い出と呼べるものがなくたって仕方ないことだ。
しかし、仕方ないで許せるほど、リィンは自分に優しくない。
逡巡する。このとき、男は戦士になる。戦場にいるかのように気配を張り巡らせ、経験から言葉を手繰る。それは本能である。
そして、その経験が圧倒的なまでに不足しているノォトが絞り出した言葉は、あまりに配慮に欠ける。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことだなんて!」
リィンは珍しく、語気を荒げる。
こんな彼女は、出会ってから見たことなかった。少しだけ背中に、嫌なものが走る。
「人は……私の知っている、人というものは……過去と思いを結びつけて、前へ進む力、心を得るのです。数多の戦士たちを見てきた私は、誰よりもそのことを知っています。私には、心がない、虚ろなのです」
「ない、なんてことはないだろう。もし、ないのだとしたら、俺とともに過ごせばいい」
ノォトはリィンの手を握った。
美しい手だった。水仕事も土仕事もし、時に槍の柄を握っている彼女であるが、この手の美しさは何と形容すればいいのだろうか。
そして、そのうちの指に嵌められた指環を撫でる。
黄金の指環、フレイヤの涙とも言われるそれは、ノォトが彼女に与えた価値であった。
「この指環がある限り、貴女は俺にとって無類の価値を得る。ただいてくれるだけで、俺にとって愛しいものに変わりはない」
「しかし、私に心がないのだとしたら、それは人形です。ノォトさまの愛した者が人形だなんて、そんな恥をあなたにはかかせたくないの」
「だとしたら、これからだ。これからたくさんのものを得ればいい」
少なくとも、俺は認めている。
ノォトはそう言った。
この世において、リィンほど自分の相手としてふさわしい者はいない。そう確信している。
ないならば得ればいい。あるならば磨けばいい。
けれども、それがあるから、あるいはないから愛しているわけではない。
愛しているから、待てるのだ。
それがリィンと過ごしていて、ノォト自身が得たものであった。
だが、彼女はそれでは納得しまい。もっと言葉を尽くす必要があった。最大の敬意を込めて、言葉を紡ぐ。
「少なくとも、彼らが訪れたときの準備は、見事だった。俺は客人というものに慣れていないから、ああはできないだろう」
リィンがノォトにしがみつく。それを抱きしめた。
口下手だと思っていたが、自身でも意外に舌が回る。
愛する者が認めていればいいではないか、とは言っても、その通りにはいかないのが人だと、ノォトは思っている。
そういう意味では、リィンは十分に〈人〉らしいのだ。
足りない、という彼女は貪欲なのだろう。けれどもそれは、否定されるべきことがらではない。
(尤も、俺の方が人らしくはないのかもしれないが)
そんな本音は、心の裡にしまった。
リィンがノォトの胸で、頭を動かした。妙に痒く、けれども満たされる感覚があった。
「それは、ずるいです」
「どういう意味だ」
「私は素敵な方と出会えた、という意味です」
感極まったように、リィンが言った。
その言葉と、彼女の吐息と、豊満な胸が、ノォトを悩ませていることに、気づかないままに。




