予感
かくして、私たちは結ばれました。
それからというもの、幸せな日々が続いていました。
小鳥の囀りが、小鹿の鳴き声が、雲の流れが、水の音が、星の瞬きが。
何によってこの世が作られていたのか、すべて理解をしてしまったような感覚さえしてしまう。
それがどれほど難しくて、どれほど尊いことなのか。
知っている人なら、わかるでしょう。知らぬ者だって、いるのでしょう。
けれどその甘美なときは永遠と続くものではないということは、誰だって知っています。
始まりと終わり、生と死は表裏にあります。
それはまだ、表を向いていたときの話。
万象を照らす太陽が登っていたとき。
私が生きる理由であり、私が進む理由になった、思い出。
人は思い出によってできている。
ただの記憶にいろんな感情を込めて、時という回廊に絵画として飾っている。
作っては消えるを繰り返すその活動によって、この胸にある臓器は跳ね上がっている。
いまも私の奥で、どくん、どくんと。
私たちの誇り、私たちの想い、私たちの愛の、三つの物語。
* * *
茨の城での生活は、あまりに変化がなく、しかしあまりに愛おしいものだった。
目を合わせたあのときから、ようやくこの世に色彩が与えられたかのようであった。
息に色があったなんて、知らなかった。
瞳に色があったなんて、知らなかった。
心に色があったなんて、知らなかった。
父の愛を、母の愛を、神の愛をまともに知らぬ自分たちは、そのとき初めて愛を知った。
万物はこのようにして流転しているのですね、とリィンは、リィンフェルシアは言った。
あまりに壮大な話だ。ただ一人の男と、ただ一人の女が出会った。それだけだ。
そんなノォトの言葉で頬を膨らませて怒る彼女に、また惚れ直すのだった。
朝になれば、二人はグラニに跨って狩りへと向かった。鹿や兎を捕まえて、祈りを捧げて調理した。
昼になれば神々の持つ知識をリィンより与えられた。刻印術やこの世の成り立ち、巨人との戦いの歴史や人とエルフとドヴェルグの生まれを知った。時には互いの武技を高め合うこともあった。
夕になれば城の奥で眠っていた酒と、朝に作った肉と、城の中で育てている野菜や果実を食べて、晩酌を楽しんだ。
夜になれば、お互いを貪って、貪って、貪った。
毎日がそうして過ぎていく。厳しくも甘く、実りの多い日々を。
「ノォトさま」
リィンはノォトのことをそう呼んでいた。
初めて会ったときは呼び捨てだったのに、とノォトが言えば、彼女は処女のように頬を染めてしまう。
「ときどき恐くなるのです。終わる時がやってくる、そう思うと、胸が疼くのです。暴れてしまいたい、叫んでしまいたい。そうして永遠の傷跡として、残してしまいたい」
そして、そんな自分すら恐ろしいのだ、と。
ときどきであるが、リィンはそう言った。決まって夜の営みを終えたあと、告白をするようにだ。
涙を流しながら、はっきりした声で。必死に堪えようとしているのがわかるから、余計に胸が痛む。
戦乙女でなくなったリィンは、芯の強い女であった。本人は、自分は弱いのだと言っていた。けれども愛する者の前でくらい、弱くたっていいとノォトは思っている。
彼女はそれを嫌がっていることもわかっている。なにせ、リィンはノォトしか知らないのだから。
安心させるべく、ノォトはリィンを自分の腕の中へ連れてきた。
裸身の彼女は美しく、甘美な果実のようであった。抱きしめてしまえば潰れてしまいそうであったが、そんな柔ではない。戦士としても優れた肢体を持っていることも知っている。
「リィン、それは俺も同じだ」
「そうなのですか?」
「そうだとも」
簡単なやりとりを増やしてしまうのは、この愛しい女の声が聞きたいからかもしれない。
ノォトはそう思いながら、彼女の頬にかかった髪を梳いた。
「確かに終わりはいずれやってくる。この世よりも先に、この身が終わってしまうかもしれない。だが、その終わりのときまで愛せれば、それは永遠なのではないか?」
「でも……私は……恐い。貴方が死んでしまうのが恐い。この温度が失われてしまうのが、恐い。どうしようもないほどに」
リィンはノォトの手を握って言った。手を自分の頬へと導いて、頬ずりをする。彼女の癖であった。
思わず、唇を重ねた。彼女は驚くけれど、すぐに目を閉じて味わった。
彼女の問いに対する答えを持っていなかった。
そう、リィンと同じだ。恐いのだ。死すら恐れぬ戦士と言われたこの身であったが、目の前にいる女を失うことが、何よりも恐ろしいのだ。
自分は弱くなってしまった。ノォトは思った。
戦うのが恐ろしくなり、どこかへ行くのに負い目を感じるようになった。
この弱さを溶かしてしまいたい。
そう思って、ノォトは再びリィンを求める。わずかな怯えと、それを覆ってありあまる期待を込めた瞳がかえってきた。
「……もう一回?」
「悪いか」
お前は俺のものだ、とノォトは言った。
リィンはいやいやと首を振りながらも、しっかりと応えてみせる。
私はもう、どこにも行けなくなってしまった。そしてそれを望んでいる。
言い方を変えて、何度も何度も、リィンはうわ言のように繰り返した。




