無冠の王の戴冠(2)
12/24、12時に前話を投稿しています。確認をお願いします。
「俺は貴女に会いに来たんだ。城壁は乗り越えた。呪いはこの魔剣で斬った。この場所については、何と言えばいいかわからないが、夢で見たんだ」
「……夢」
ノォトの言葉に、戦乙女は考えるようだった。
「私たちは夢を見ない。そういう風にできている」
それはどうしてか、寂しいことのようにノォトは思えた。
次いで、戦乙女はノォトの魔剣を見た。
「間違いない。その魔剣はまさしく〈夜明けの剣〉。いいえ、鍛え直された、新たな魔剣。そしてその髪、瞳、よく似ている。まさか、本当に貴方がノォトなの?」
「さっきからそう言っている」
ノォトは言った。戦乙女は戸惑っている。視線を外した。心なしか、頬に朱が挿している。
まったく化粧をしていない顔であるのに、これほどまでに美しいのか、とノォトは感嘆した。
いいや、ありのままの姿であるから美しいのだ。着飾らず、さりとて芯を見せないわけではない。
そしてついに彼女は、ぺたん、と座り込んでしまう。
潤んだ瞳でノォトを見上げる。その眼は卑怯だ、とノォトは思った。
「でも……では、どうして私に会いにきたのか。見ての通り、この城には何もない。何も身につけていない。私には、なにもない」
儚げに、悲しげに、乙女は言った。なおも戦乙女であろうとしている。
ノォトは問いに答える。
「そうだ。貴女は貴女の持ちうる全てを賭けて俺を守ってくれた。名をくれた。それに報いたいと思った。それではいけないのか?」
「報いるなんて、そんな。私にはそんな資格はありません」
戦乙女は自分の体を抱きしめた。何かから守るように。
ノォトは少し震えた。これから自分がしようとしていることに。
生まれて初めて恐くなった。恐怖という感覚を覚えた。だが、その恐さの正体を知らない。
この乙女を納得させなければなるまい。説得せねばなるまい。まるで焦っているようだった。使命を帯びているようだった。
そして、そのためには、自分の中の奥深くにあるものを露呈しなければならない。
「ああ、なんと言ったらいいか。俺にはよくわからない。自分の思いが整理できていない」
それでも。
「貴女に泣かないでほしい。貴女に笑ってほしい。そしてその一助になりたい。そう願うのは、傲慢だろうか」
「……先ほども言いました。私には何もないのです。貴方の想いに応えられるようなものが」
「ならば」
ノォトは膝をついて、視線を合わせた。戦乙女は己の裸身を腕で隠している。
右腕をつかんだ。びくり、と反応するが、断られなかった。
引っ張って、右手を広げさせる。その指の一つにノォトは己の持つ黄金の指環をはめた。
「これは、この指環は」
「何も持っていないのは俺も同じだ。俺には貴女に捧げられるものが、これしかない。だが、どうか受け取ってほしい。これで貴女は無類の価値を手に入れる」
「受け取れません! 貴方にはもっと幸せになる選択がある。未来がある!」
首を横に振る。違うのだ、と。
「どうしようもないほどに惚れているのだ。二度も言わせないでくれ」
ノォトは言った。戦乙女は、瞳を大きく見開いて、そして大粒の涙をこぼした。
* * *
まるでこの身が焼けるようでした。
目を覚まし、彼の顔を見た瞬間に通った血の感覚をよく覚えています。
私はかつて戦乙女として在った者。多くの戦士を見出し、多くの命を奪ってきた。
この身には神々によってたくさんの機能がありました。
否応なく戦士たちを魅了する力。そして、優れた戦士たる者に魅了される力。
彼はとても優れた戦士だった。おおよそ、地上で彼に敵う者はおらず、史上で類を見ない偉業を成し遂げたのだとわかるほどに。
それは私の恋心が証明している。
彼の言う通り、私も。
どうしようもないほど彼に惚れ込んでいた。
裸身を人に見られたところでどうということはないのに、恥ずかしくなってしまった。浅ましくも、会ったばかりの男をそういう対象として見てしまっていた。
小さく縮こまる私を、彼は逃がしてはくれなかった。
彼もまた。私のことを愛していた。愛してしまっていた。想いを口にせずとも伝わってきている。
何度も否定しても、その行為は何ももたらさないと言っても聞いてはくれなかった。
ノォト。ノートゥング。
かつて私が名付けた子どもが、逞しく育ち私の元にやってきた。身を焦がすほどの想いを抱かせるような勇士となっていた。
ああ、これではまるで運命のよう。
惚れているのだ、彼は私の指に黄金をはめて言ってくれた。
その行為の意味するところは婚姻だ。
いま彼は一人の王となり、私はその王に迎え入れられたのだ。
女神から人へと変質したこの肉体は想いを雫に変換する。
人はこんな風に泣くのね、と一人で思っていた。
泣いている私を、彼はずっと手を握って待ってくれていた。
ようやく私の涙が止まった。そして彼の胸へ飛び込んでしまった。
優しく抱きとめた彼は、力の加減を気にしているようだった。私が痛みを覚えないようにと考えてくれている。その不器用さにくすりと笑った。
力いっぱい抱きしめても、壊れはしないのですよ。そう思いながらも口にはしない。彼の想いを心地よく楽しんだ。
「名を教えてはくれないか」
彼が言った。
そういえば、まだ名乗っていなかった。
不思議だ。名前も知らない者に、人は恋ができるのか。
私は顔を上げて彼の目を見た。真っ赤な瞳。父にとても似ている。でも、ずっと優しくて、私しか映っていない。
ややあって、唇を開いた。
私の名前。母フレイヤからもらった名前。
それは再生の花を意味する言葉。
————リィン。リィンフェルシア。
* * *
激闘の旅路。彼という剣が己の意志を持ち、人間として生まれ変わった。
真の英雄とは、決して善性ではありません。
そもそも善か悪かなど、時代が決めること。
ならば己が心に従いましょう。
悪と言われてなお、胸を張りましょう。
己を笑う者を笑いましょう。
大切なものを守るために、毒の杯ですら、杯ごと飲み込んでみせる。
それが道というもの。
彼の父とてそうしてみせた。
であれば、その子にできないということがありましょうか。
これは歌。哀しい歌。
悲しみの中でもがき苦しみ、なおも前に進もうとした者の歌。




