無冠の王の戴冠(1)
ノォトとグラニは、森の中を駆け続けた。
根を越えて、川を越えて。グラニはノォトと息の合った動きで、城へと近づいていく。
そして目の前に、茨に巻かれた城壁があった。あれでは近づけば、棘が刺さってしまうだろう。
それでもノォトは怖気つくことなく、グラニを走らせる。応えるようにグラニは脚を速めた。
大きく跳躍。常人離れした身体能力を持つグラニは、そのすべてを使って城壁さえ乗り越える。
戦場では誰もついてこられないからと封じていた技であったが、一人であれば躊躇う必要はない。
跳躍によって、茨の城壁は軽々と攻略した。
降り立って目の前には、小さな城があった。防衛するのは小さすぎるが、暮らすには大きい城だ。
ノォトはグラニから降りる。誰もいないような城とは言え、馬を連れて入るわけにはいかないだろう。
背中を撫でると、物分かりのいい友は厩のある方へ向かっていった。
それを見送って、ノォトは大きな扉を開ける。
内装は美しかった。人が入ったことのある様子は見受けられなかったが、埃もない。
質素ながらも歴史を感じさせる。上品さがあった。
ノォトは導かれるようにして、一番奥の間へと向かった。
この城の主がいるはずの場所。ノォトは扉に手をかけて、ゆっくり開けた。
「————————っ」
その中央には、女がいた。
甲冑に身を包み、手を鎖に繋がれ吊るされている。痛々しくも美しい姿だった。触れ得難い、神聖さすら感じさせる。
そしてその者は、ノォトがずっと夢で出会っていたはずの、戦乙女のものであった。
ノォトは女へと近づいた。甲冑に触れると、わずかな電撃が走った。
魔法がかけられている。それもとても強固な魔法だ。触れる者を拒絶する魔法か、この者を封印するための魔法か区別はつかなかった。
鎖も同じようだった。微弱な魔力を感じる。しかし、魔法が上質なのだろう、とても強い魔法のようだった。
魔剣を振りかざして、振るった。まずは鎖を斬った。ついで、鎧を一つ一つ、断ち斬っていく。
丁寧に、傷つけないように。ノォトの剣の技量がその業を可能にしていた。
そうしてすべてを剥がし終えて、最後に兜を斬った。
力を失って、倒れる女をノォトは支える。
美しかった。その肢体も、髪も、顔も、なにもかもが美しかった。
均整のとれた体つきだ。女らしく、しかし細く。
髪はただの黒ではない。夜明け前の、青くなっていく空を思わせる。
いままで兜に隠されていた顔は、あまりにも魅力的であった。均整というものを感じさせる。兜で隠すのはあまりに惜しい。
まさに神の造形物だった。
ノォトは言葉を失う。これほどの美を前にして、何を語れと言うのだろうか。
ゆっくりと、瞼が開いた。
目は、吸い込まれるようだった。ノォトをして、視線を外すことができなかった。
何度か、瞬きを繰り返す。そしてその目がノォトを確認すると、鋭くなった。
手で押しのけられる。怪力だった。思わずノォトは尻餅をついた。
女は立ち上がり、ノォトもまた立ち上がった。
裸の女は、その身を隠すことなく立つ。一切の装備をしていないにもかかわらずその堂々とする様は、この女が戦士であり王に連なる者であるのを感じさせる。
「……私を目覚めさせたのは何者か。この身は世界の終焉まで眠る呪いをかけられていたはずだ。大神オーディンの魔法さえ解いた貴方は、誰だ」
あまりにも無機質な声だった。感情の一片もこもっていない。
この者は戦乙女だった。ノォトが夢に見ていた、戦乙女だ。
それは大神にして父神オーディンの娘であり、地上の戦士たちの中から優れた者を選び天上へと運ぶ者。その役割はまさしく物であった。
己の価値をわかっていない、そんなことが声から感じられた。
「我が名は、ノォト。……ノートゥング」
名を告げる。戦乙女の顔が、わずかに歪んだ。感情のないはずの彼女に、石の投げられた静寂の湖のごとく、波紋が広がった。
「いいえ、まさか、そんな。貴方が?」
「いかにも。この身は大神オーディンの血を引く者。魔剣の名を与えられし者。……貴女に救われた者だ」
ノォトは言った。戦乙女は、さらに動揺した。
一歩、近づく。合わせて一歩、引く。
「どうしてここに。この地は秘匿された場所。千里をも見通す眼を持つ者しか知らない場所。貴方が来られる道理はない。いいえ、そもそもあの茨をどうやって越えたのか。この身の呪いを、どうやって解いたのか」
「わかりきったことを聞くのだな、貴女は」
ノォトはそう言った。戦乙女は動揺を隠すことをしなかった。




