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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
剣の歌
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霜の狼(2)

 森の中をグラニが駆けていく。二人の重量を背にしながら走るのは相当な労力であるはずだが、そんなことは感じさせない軽快な走りだった。

 大きな木の根を越えると、木々の向こうに走っていく狼の群れが見えた。

 その数はおおよそ八匹。狼にしては大きな集団だろう。


「ううん、ここからじゃあ狙えないわね」


 背後でフィオネの声。弓を構えているものの、その手に矢はない。

 これだけ速く走る馬の上から狙って見せようとする方が凄まじいと思いつつ、ノォトはいう。


「魔銀の矢は使ってくれるなよ」

「そうも言ってられなくなるかもしれないけど。きちんと普通の矢を使うから、安心して」


 そういう契約なのだ。もし魔銀の矢が使われるようなら、ノォトにも契約に背く権利がある。

 果たしてそのときになって背くかはわからないが。

 グラニは狼よりも速い。だが、森が続けば置いていかれるだろうことは見て取れた。

 だが、それも杞憂だった。


「もうすぐ森を抜けるわ!」

「わかった」


 ノォトは先回りをするべく、速めた。

 森を抜ける。眩しい光が降ってくるかと思ったが、空は曇っている。

 次いで、森を飛び出してきたのは狼たち。飢えているのか唾液をまき散らしており、目も理性的ではなかった。

 狼たちと並走するノォト。剣を抜いて、振るう。

 刃を警戒したのか、狼たちはグラニから離れたが、すぐに牙を向けてきた。しかし並走している状態では襲いかかることもできないだろう。

 前に出ようとする狼を、フィオネが弓矢で牽制した。

 狼の狩りは、複数の集団によって行われる。一匹が回り込み、動きのとれないところを襲ったり、あるいは追い込んでいった上で待ち伏せをしたりするのだ。その狩りの手法には、人も学ぶところがある。

 ノォトとフィオネは、なるべく狼たちに連携を取らせないようにする。しかし、手数として不利であった。


「ノォト、まずいわ。前に人の集落がある!」


 フィオネが叫んだ。狼たちの狙いがそこに定まっているのだと知る。

 ノォトはグラニを手繰って、狼たちの前に出した。


「ここで蹴散らす」

「言われなくたって!」


 フィオネはグラニから降りて、歌った。そのセイズは、力を持った。

 みるみるうちに、フィオネは姿を変えた。その姿はトナカイだった。輝くトナカイは風を纏っていて、暴風となって狼たちへと突っ込んだ。

 二匹が巻き込まれたが、さすがは魔獣と言ったところか、被害はそれだけだった。仲間の死を見てもなお、突撃する足は緩むことはなかった。瞳はまっすぐノォトたち、ひいては里に向かっている。


「ノォト、任せた」


 頷いて、ノォトは剣を持って突撃していった。

 同時に三匹がノォトに向かっていく。

 瞬間、その全てが切り裂かれた。ただの横への一振りである。剣は肉や骨によって止まってしまう。だからこそ敵を両断できる剣や、その技を持つ者は優れていると言われる。

 もちろん、ノォトがいま持っている剣は彼の中で最高の物である。だが、常人には到底できないだろう剣技だった。


「まだ、あと三」


 ノォトは狼のうち、一匹を捉える。背中を預けるに足る者がいるからだ。

 狼は警戒している。目の前の「人」に脅威を感じているのだ。

 飢えてはいるが、知性の高い魔獣である。何度も飛びかかるような動作を見せては引いてみせる。

 片手に構えていた剣を、両手で構える。こっちの方がなにかと有利だった。特に、獣に対しては。

 勇気ある一歩。ノォトの持つ身体能力が、狼との距離を一気に詰める。

 剣が翻った。狼の両前脚が裂かれた。どれだけあっても、剣は獣より有利な攻撃射程を持つ。

 残った狼を見る。彼らは恐れをなしたのか、ノォトとフィオネから離れている。

 ノォトは剣を構えた。

 だが、何か奇妙な感覚がする。

 血が、ざわつく。


「何、これ……この気配って」


 フィオネもまた、トナカイの姿のまま言った。

 グラニが鼻を鳴らした。逃げた方がいい。そう言いたいのだろう。


「背を向けるわけにはいかない」


 ノォトは森の方を見た。

 大きな存在感だ。圧倒される。

 どろり、と現れる。黒い影。二足で立っているが、姿は狼に近い。だが、狼ではない。かと言って人でもない。奇妙だ。見たことのない、奇妙さだった。人狼とでも呼ぶべきだろうか。

 ただ一人で、戦場と同じ質を持つなにか。

 あまりにも濃い、血の気配。

 空気が凍りつくように突き刺してくる。


「あれは、なんだ」


 ノォトは呟いた。


「わからない。あんなの……この世にいていいものなの? 何だか、凍えるような」

「あれが巨人だとでも言うのか」

「いいえ。あれは私たちの目標じゃない。でも、たぶん巨人と同質のもの」


 その影は、狼たちを押しのけてノォトの前に立った。

 口が大きく歪む。笑っているのだ。何に? わからない。わからないから、奇妙だった。


「フィオネ、俺があいつの相手をする。お前は狼たちを頼む」

「大丈夫なの? 私が相手した方が」

「いや」


 ノォトはフィオネの言葉を遮った。


「あいつは俺が相手をする、そうしろと、言っている」

「誰が?」

「わからない。だが、俺の中にあるものが」

「じゃあ任せたわ。それと、私に指図はしないこと。いい?」


 フィオネはそう言って、風となって狼たちに向かっていく。

 グラニを呼んで、ノォトはその背に跨った。

 人狼は大きく吠えた。

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