そして戦士は(2)
12/23の20時に前話である第77話を投稿しています。
ノォトは魔剣を構えた。
目の前の者がオーディンだとすれば、あの槍は危険極まるものだ。
名は〈選定の槍〉、この世で最も恐ろしい力を持った一つ。ありとあらゆる魔法を超える力を持つ魔の槍である。
曰く、投げればひとりでに戻ってくる。
曰く、穂先に触れた者は死に天にある神々の館へと導かれる。
曰く、刻まれた刻印は灼熱のもの。
ノォトの頬に汗が流れた。それは本来、戦うべき相手ではない。
いいや、戦ってはならないのである。穂先を向けられれば負けるなど、反則もいいところだ。
だが……目の前にいるのは、戦士だ。
お互いに戦士であれば戦える。勝つこともあれば、負けることだってある。
無敵の神王がなにするものぞ。ノォトは気迫を発する。
「いい気迫だ」
帽子の男は、槍を深く構えた。あれは投げる前の動作だ。
ノォトは魔剣を大きく振り上げた。
本来、それは攻めるための構え。剣をより早く、より強く振るうためのもの。振り下ろすという基本にして最大の術を発揮するもの。
しかし、あろうことかノォトはその構えを待つために使っていた。
ありえない。構えの使い方を間違えているのはおろか、選定の槍に対して待つなど自殺するの等しい行為だ。
あの槍の対処といえば、投げられる前に倒すこと。それ以外にありえないはずだ。
(だが、それでは到底間に合わないだろう)
ノォトはそう判断した。
自分が斬るよりも早く——本当に悔しいことに——帽子の男は魔槍の投げる。いかにしても先制をとるのはあちらだ。先を取るのは不可能である。
であれば、後の先を取るか。槍を投げる、その瞬間を狙って踏み込んで斬るか。
無理だ。先も言ったように、あの槍が投げられてしまえばそれで終わりだ。死が待っているのが、鮮明にわかる。
であるから。
ノォトは迎え撃つことにした。
常人の発想ではない。
死そのものである魔の神槍を、正面から受けようなどと。
だが、そもそもノォトは常人ではない。
大神オーディンの血を引きし王子であり、魔剣を自らの手で再生させた鍛冶師であり、邪竜とて討ち取ってみせた戦士なのである。
死を迎え撃つ程度の無茶無謀は押し通してみせる。それだけの気概があった。
ノォトを見て、帽子の男は、帽子の影から目を覗かせた。その瞳は、とても澄んでいる。
自分の思考が読まれていると感じる。
それでも、とノォトは奮起した。運命にだって負けないと誓った身なのだから。
「……行くぞ、我が必殺の一撃を受けるがいい」
帽子の男はそう言って、腕を振るった。それとともに、ノォトも魔剣を振るった。
直後、凄まじい音とともに、魔剣〈憤怒の剣〉と魔槍〈選定の槍〉がぶつかった。
激しい火花と荒れ狂う魔力に、ノォトは圧される。魔剣が折れないのが奇跡だと思えるような力だった。
目の前に迫る死に抗う。剣を押し続ける。
それでも、とノォトは魔剣に力を込める。魔剣から光を発する。
溢れ出た光は黄金の色に変わる。竜の力が宿ったのだ。
ノォトが一歩、踏み出す。魔剣が煌めいた。
そして、静寂が訪れる。
ついに魔槍を折ったのだ。二つに折れた槍が音を立てて転がる。
一番驚いたのはノォトだった。いまなにが起こったのか、理解が追いつかなかった。
「見事だった」
帽子の男が言った。荘厳な雰囲気に対して、軽い笑みであった。
「我が槍の力は、相手の運命を確定させること。どのような運命があったとて、それを捻じ曲げ、終わりを与える。真に恐るべき力だろうが、お前の剣はそれを乗り越えてみせた。運命を、超えたのだ」
惜しみない賛辞を送ろう。帽子の男は言った。
ノォトは自分の手を見た。あまりに強い力だった。いまだ、痺れが残っている。
だが、あの〈選定の槍〉を打ち破った事実がここにあった。
「では、行くがいい。運命を越えし者よ。試練を超えた者よ。人を超えた者よ。お前が掴みたいものを掴むがいい」
帽子の男はそう言った。ノォトは頷いて、グラニとともに駆け出す。
隣を横切ったとき、帽子の男の口が動いた。
「幸せになれ、我が子よ」
この先に待っている者に向けてだろうか。
ノォトは森に続く道の先を見た。ずっと先には、茨の城がある。
そこに眠る者と会うために、ノォトはグラニを急かした。




