帰還(1)
ノォトは二頭の馬に、載せられるだけの黄金を積んで、城へ帰ることに決めた。
ぼろぼろになっている姿を、観衆は驚きの目で見ていた。
すでにノォトが邪竜を討ちに行ったことは知られている。
彼らは、当代随一の戦士の手負いの姿に息を飲んだ。果たして、どれほどの戦いがあったのか、想像もつかなかった。
しかし、ノォトが持って帰ってきた黄金を見て、邪竜に勝利をしたのだということがわかった。
ゆっくりと歩いていくノォトよりも、噂が広がる方早かった。
万雷の喝采をもって迎え入れられる。
笑みを浮かべるノォトであったが、気持ちは晴れないままであった。
むしろ、これからしようとすることを考えれば、気が落ち込もうと言うもの。
それでも前を向けるのは、成長か希望の為せることか。
城へと入り、王の間へと向かった。急なことであったがアルヴァルトを含む臣下たち、そしてヒルディースは揃っていたようで、ノォトは万全の体制で受け入れられた。
「よくぞ帰ってきたノォト……。その様子、ついに邪竜を討ち果たしたのだな?」
アルヴァルトの言葉に、ノォトは静かに頷いた。
そして黄金の数々を披露すると、一斉に歓声をあげる。
ノォトが見せたものだけで、国の財政が賄えると言っていいほどだった。
さらにノォトが、これらの黄金が邪竜のもっているもののごく一部であることを言うと、王の間に響く声は戸惑いに変わっていた。
国が百年、二百年と保つほどの黄金などと言われて、心の動かされない者はいない。
それこそが邪竜が生まれる根元である。
「邪竜はどうであった。まこと、恐ろしいものであったか」
「俺はかの邪竜を討つまでに、たくさんの者と語らった。一様に邪竜とは恐ろしいものだと語った。相対すれば、それ自体が死を意味するかのようだった」
それは荒野であり、火山だった。
言葉のひとつひとつが毒であった。
吐く息は城壁であっても簡単に吹き飛ばすであろう。
翼は大きく、村を覆ってあまりあるほど。
腕の一薙ぎで十人は潰せてしまう。
ノォトは邪竜のあり方を語った。誰も知らないしかし、脅威だと思われていた存在の、知る限りの全容を。
悪しきものではなかったかもしれない、と最後に付け加えて。
「そのような異形であったか……。なるほど、大義であったぞ」
アルヴァルトはそう言った。
白々しい態度であった。何度も何度も、ノォトの命を狙った者とは思えない言いようだ。
(いや……)
ノォトは理解した。
臣下の皆が、腰の剣に手をかけていた。兵士たちも槍を握っているが、その誰もが顔を強張らせている。
戦おうとしている。誰と? 決まっている。ノォトとだ。
いまここで討たなければ、自分にとって脅威になると判断したのだろう。
それは正しい。
自分がアルヴァルトだとして、目の前に竜殺しの英雄が現れたとする。そしてその者が王になろうと言う。
一人の王として、看過できない。
近い将来に、大きな壁として立ちはだかると思うのは仕方のないことだ。
だがその選択は愚かだろう、とノォトは思った。
たったこれだけの手勢で勝つつもりなのだろうか。
上層部の者をこれだけ出して、返り討ちにあったらどうするつもりなのだろうか。
それほどまでに、アルヴァルトの決意は固いのだということが伺えた。
「アルヴァルトよ、俺は一つ、提案をしたい」
「おお。なんだ、何でも言ってくれ。可愛い息子が帰ってきたのだ。聞こうではないか」
アルヴァルトがそう言った。
ノォトは立ちあがる。そして黄金を、指差した。
「この黄金をやろう」
「……なに?」
目が変わる。義父のものから、王のものへ。
損得で動くのならば、それは得だった。だが、まず得を示すということは、何らかの取引があると考えるべきだ。美味い話には裏がある、そのことをよく知っているから。
ノォトが黄金を差し出す代わりに、なにを要求するのか。
王の間に集まった誰もが、固唾を飲んで見守る。
「それはお前の黄金だろう? 王になるために必要なものではなかったのか?」
「いいや……俺が得るべき輝きは、もうある。俺に黄金は不要だ」
ノォトはそう言った。これには、王の間はさらにどよめいた。
金がなければ、治世などできはしまい。
中にはノォトを笑う者さえいた。この夢見がちな王子は、ついには妄言まで言うようになったと。
だが竜殺しの英雄の剣幕に圧されると、静まり返る。
「では、どういうつもりなのだと言うのだ。説明をしろ」
「俺はお前から……この国から離れる。その黄金は手切れ金としよう」
「……なに?」
「俺はその黄金で、自由を買おう。何者にも脅かされない自由を」
王子はそう言った。王の間のどよめきは、最高潮に達した。




