穂先の指す方(2)
「さて、この世の法則と言ったが、それは生死というものではない。生きているのであれば、例え神であったとしても死ぬものなのだ。絶対の真理として、変わるものとは朽ちるものである。不老と言えど、心理は変わるのである。真理という不変のもの以外に、不死というものはありえない」
それは逆に言えば、いかに強大無比の邪竜であっても死ぬということ。
誰かの手によって、殺められるということだった。
ノォトの胸に希望が湧いてくる。
「法則とはすなわち、神々に連なる力のことだ」
「それは巨人の力のことか」
フィオネの言葉を思い出した。
巨人とはすなわち、自分たちが魔法を駆使して実現させるものを、ただ願うだけで行う者たち。かつてこの世界を支配し、そして神に成りそこなった者たち。
そういった者たちの力こそが、世界の法則なのだろう。
ノォトはそう推測するが、帽子の男の態度から見るに間違いではなさそうだった。
「いかにもだ。我らが権能として用いるもの、そしてそれを借りる魔法の数々、それがかの竜には通用しない」
帽子の男はそう言った。ノォトは少し、驚く。
神々の力をも跳ね除ける存在が邪竜だというのだ。この世で最も強い力を持つ彼らでも、手を出すことができない。
だが、その理由は、邪竜が神々を超える力を持っているからではない、とノォトは帽子の男の言葉から感じた。
「法則から外れるというのはそういうことなのだ。地上において、あらゆる手が通用しない。例えば、火に水をかければ消えるというもの。それがこの世の規則だ。だが、邪竜を火に例えるならば、水をかけたとしても消えぬ。この火を消すには、もはやその火元を消さねばならないのだ」
帽子の男は言った。ノォトは頷いた。
神々でさえ、己の力で邪竜を討つことはできない。その命に直接に刃を届かせることの他に、方法はない。
そして剣を邪竜に届かせることができるのは、この地上において人しかいないのだ。火元を消す力は神々にはない。死という運命は万物が持っているからこそ、神々はその運命に干渉できない。
何の力も持たない人のみが剣を届かせることができる。ノォトはそう思った。
「俺は何をすればいい。この剣で、腕で、脚で、何を為せばいい」
ノォトは帽子の男に、そう聞いた。賢王グリエルにもかけなかった問いだった。
どうしてか、この男にはその問いたてをするべきだと思った。きっと答えを知っていると思って。
帽子の男はノォトの目をじっと見た。そして胸を人差し指でつつく。
「ここを、まっすぐに狙え。それが生あるものすべてに通ずるものだ」
それは最も簡単で、最も難しいことであった。
戦士の作法として心臓を狙うことは相手を殺めること。それは当然のことだ。
だが、戦士であるが故にその難しさについてわかっている。一撃で死ぬからこそ、そこは何よりも守らなけらばならない場所なのだ。
「やってみせよう」
ノォトはあえて口に出した。それは誓いであり覚悟だ。
必ずや邪竜は討ち取る。ノォトの言葉に、帽子の男は嬉しそうに頷いた。
「さて、そろそろ竜は水を飲みに行ったはずだ。行くがいい。戦いのときだ」
帽子の男はそう言って立ち上がった。ノォトは男を呼び止める。
「お前は誰だ。なぜ俺に加担する」
「誰かに勝ってほしい、などと祈るのは似合わないのだがな。そう思うこともあるのだよ」
ノォトの問いには答えずに、男はそう言った。
瞬きをすると、視界が変わる。広がっているのは荒野であった。いまの男に幻術を見せられたのだ、と思った。気付かないうちに魔法にかけられているというのはそう珍しいことではない。
だが、その相手がどうどうと現れ、自分に助言をするなどと。
ふん、とノォトは鼻を鳴らして立ち上がった。
見上げたのは山の麓に、大きく口を開けている洞窟。ゆっくりとした足取りでノォトは、その洞窟へと向かった。
その穴の大きさから、邪竜の巨体を想像した。自分を基準に測ろうかと思ったが、そんなことは無意味だろうと近づけばわかる。これから戦う相手の大きさを考えたくなくても考えてしまう。
洞窟の、奥の奥へと進んでいく。
やがて洞窟の奥であるにもかかわらず、明るい空間に出た。
「これは……これが、邪竜の黄金?」
そこにあったのは、一目で並のものではないとわかる黄金の山であった。
冠があり、剣があり、斧があり、椅子、箪笥、絨毯、あるいは木々や草花を模したものまで。ありとあらゆるものが黄金で作られていた。
さらに言えば、それは自ら光を発しているかのようだった。まるで、太陽をこの地に落としたもののようにも思えた。
誰もが見とれるであろう黄金だ。なるほど、これならば邪竜も手放したくないと思うであろう。
そして、ノォトは耳にある音を聞いた。
何か大きなものが大地を踏みしめる音。かつて戦った巨人のものよりも、はるかに大きなもの。
振り返る。背中の魔剣が、かすかに震えたような気がした。




