毒の吐息(1)
ノォトは目を覚ます。どうやらうたた寝をしていたらしい。
村は魔狼が退治されたことで、安心していたようだった。
この日はいままで亡くなった者を追悼するべく、みなが村の真ん中に炊かれた火に集まっている。
それをノォトはぼうっと眺めた。
夢の内容が、だんだんと鮮明になってきているのを感じていた。その内容も、少しずつ思い出せる程度になってきている。
これは何かの啓示なのだろうか、と思った。この夢を見せることで誰かが何か利を得ることがあるのか。
あるいはグリエルが持っているような、予言の力の一端か。その方がノォトとしては合点がいった。そうであるならば、遠くの景色のさらに果て、時間を超えた一瞬を垣間見てもおかしなことはない。
だが、その視点が固定されているというのが気になった。なぜ、あの戦乙女をずっと追っているのだろうか。彼女である理由は、果たして父と母に関わったからなのだろうか。
そして、オーディンの狙いはなんなのだ。ヘルとロキの動きと何か関係があるのだろうか。
わからぬことばかりであったが、考えても仕方ないことだ。過去のことを変えることはできない。いまを生きる自分は、過去に起こったことを受け入れるしかない。
その意味を、いつか知るときが来よう。そう思った。
「夢、か」
ついぞ、寝ているときの夢など見ることはなかった。だが、魔剣を再生させる旅に出てからだったが、それまではどんな夢を見ていたのか。内容もまた、覚えていなかった。
これは吉兆か、それとも凶兆か。
その問いさえ意味のないことであろう。運命はいつだって待ち受けている。
それに、かつて養父に言われたことがあった。
寝ているときに見る夢より、起きているときに見る夢の方が良い。
なるほど、といまなら思えた。少しの笑いも浮かべて。
「ゆっくりされていますかな」
声をかけてきたのは村長であった。彼はその娘夫婦を魔狼に食われたと言っていた。そして一番年上だからと流されるように村長にされたと言っていた。
顔には疲労の色が濃い。自分よりも体を休めるべきはこの人なのだと思った。
「ああ、少し寝ていたようだった」
「はっは、疲れもしましょうが、きちんと暖かくして寝ませんと」
笑った村長は、そう言ってスープをノォトに渡した。ありがとう、と言ってノォトは器を受け取る。その中身は貧相なものであったが、これがこの村の精一杯なのだと思うと、無下にはできなかった。
「それにしてもノォト様はお強い。この身が戦場に行ったのはもう十何年も前のことですが、さぞや名の馳せる戦士だったことでしょう」
「そうか……であれば、父と同じ頃に戦場へ行っていたのか」
「名を聞いても?」
ノォトが父の名を口にした。村長は驚いたような顔をする。
「なんと、かの王のご子息でしたか。それは強いはずだ。であれば、その剣こそが魔剣……」
村長は唸って、ノォトを見た。やはり、彼は父を知っていたようだった。その当時、この世で随一の王であり戦士であった父の名を知らない者を探す方が難しいかもしれないが、ノォトは誇らしく思った。
「そうだ、この魔剣は父から受け継いだものだ」
「ですがかの王の最期は、その魔剣が折られたものだとお聞きしてます。懇意にしていた姫は身ごもられており、隣国の王であるアルヴァルトの元へ保護を求めたと。さぞや、大変だったことでしょう」
「いや……父は戦場で栄えある死を迎えたのだ。そのことを悼む必要はない。母もまた、その王と添い遂げようと思った者だから、覚悟はしていたことだろう」
ノォトは言った。彼がその最期になにを思っていたかは定かではないが。しかし、ここで何の抵抗もできずに魔狼で食われた者に比べればずっといい死だっただろう。
そのような意味で言ったのだが、村長は首を横に振った。
「いいえ、御身のことです、ノォト様」
「俺が?」
「はい。父を失ったことはさぞや、辛いことでしょう。子とは父と母を見て育つもの。そのうち片方を見たこともないといのは、苦しいものです。それは母にとっても同じこと」
この村の者を思いこそすれば、なおのこと。
言われて、ノォトは「ああ」としか答えられなかった。そのように言われたことなど、いままでになかった。
(……人の強さというものは、わからないな)
なまじ、武力を持っているから、ノォトにはわからなかった。だが、この村長にもまた強さを見た気がした。それは父が最期に見せた強さに似たものだろうと思った。
「ところで、尋ねたいことがある」
「何なりと。歳を重ねておりますが、お連れの魔法使い様ほどの知恵は持っていませんが」
「いい。俺はお前の、この村のことを知りたいのだから」
そう言うと、ノォトは改めて、村長に問うた。
「邪竜について教えてはくれないか?」




