お前は誰だ(5)
この景色は見覚えがあると思った。きっと、前の夢の続きなのだろうとわかった。
人は、夢の続きを見ることができるのだという。たとえ覚めてしまっても、その先を改めて見ることができる。
ノォトは目の前の光景を見た。
戦乙女と母が、お互いの手をとって立っていた。女としてわかりあえた二人が、笑顔を浮かべている。
一言、二言話してから、戦乙女は母を抱えようとした。これから山を降りるつもりなのだろう。背中からは白い翼を生やして、母を包み込む。
だが、それは叶わない。どこからか鎖が伸びてきた。それは宙から、あるいは地面から、なにもなかったはずの場所から伸びてくる。
そして戦乙女の翼を、腕を、脚を、胴を縛っていった。あまりのことに、戦乙女は膝をついてしまう。
「それまでだ」
声が聞こえた。厳かな男の声であった。
ノォトが振り向くまでもなく、声の主はそこにいた。母ヒルディースの肩をつかみ、戦乙女から距離をとった男だ。帽子を目深にかぶり、片方の目を隠している。手には大きな槍を持っていた。ノォトはその姿に見覚えがあるような気がしたが、それがどこなのかは忘れてしまった。
苦悶の声をあげて、戦乙女は腕もついた。鎖の戒めは相当に強力なようで、魔法も働いているのだろうか。
「勝手は許さない。こうなることはわかっていたはずだ」
「お父様……」
戦乙女は帽子の男に言った。その男こそがオーディンなのだった。であればその手に握られたものこそは〈選定の槍〉だ。ノォトは目を見張る。
いったい、なにが起こっているというのか。戦乙女から始まり、ヘル、ロキ、そしてオーディン。ノォトを取り巻くすべてが、あまりにも壮大ななにかのように感じてしまう。そしてそのどれもが、どこかでつながっているのではないかと思うほどに。
オーディンは戦乙女に詰め寄った。
「なぜ私の言うことを聞かなかったのだ。命令に反したのだ。それは命取りになるとわからなかったのか。いいや、わかっていたことだろう。お前がいかにしようとなにも変わらぬ。この私がこの世すべての沙汰を決めることはな」
ノォトは、夢の中では夢のことを鮮明に思い出すことができた。オーディンは妻のフリッガが支配する領域である「婚姻の契約」を守るべく、父を殺し母をフンディングの元に返すとしたのだ。
しかし戦乙女はそれを破った。父と母を生かそうとした。
だが、結果はこの通りだ。
「いいえ、確かに私は彼らの姿に動かされました。持たぬはずの情を裡に感じました。元はお父様のためを思ってのことにございます」
「…………」
「もとより、〈孤独の魔剣〉はあらゆる運命を破却するためのものではありませんでしたか。それを授けた者を殺めるような採決を下すのは、お父様の本心ではないはず。それを思ってのことでございます」
「話しすぎだ、口を慎め」
オーディンは槍を強く、地面へと打ち付けた。戦乙女を縛る鎖がより強くひっぱられる。喘ぐ戦乙女の姿はあまりに痛々しかった。ノォトは駆け出しそうになるも、この過ぎ去ったはずの景色でなにができるというのだろうか。背中に伸ばした手の先に魔剣もありはしないというのに。
戦乙女は黙るものの、顔はあげたままだった。その気高さに、ノォトは敬意すら抱いた。
「娘よ、これよりお前に罰を下す。すべてを受け入れよ」
「……はい」
オーディンはとうとうと告げた。
「我が命に反すること、その任も忘れ人と言葉を交わした罪責は甚だ重く、よってここに下す。
その一、汝よりあらゆる神性、権能を剥奪することとす。
その一、汝は来るべきそのときまで、人の世にありし炎に囲まれた古城にて永遠に眠ることとす。
その一、お前が目を覚ますとき、終焉のときと知れ」
それは、戦乙女にとっては死も同然だった。気高いはずの己から、父の娘の証拠たる神性を奪われ、数ある力を奪われ、その上で自由を奪われる。彼女はもはや、抜け殻も同然であった。
オーディンは槍の穂先を、戦乙女の額に当てた。彼が言ったその沙汰を行おうとしているのだ。
受け入れる戦乙女はなにも言わない。その甲冑に包まれた向こうでは、どんな顔をしているのだろうか。ノォトには見当もつかなかった。
「お待ちください」
いまにも罰を下そうとするオーディンを阻んだのは、他でもないヒルディースであった。
脚は大きく震えている。唇も真っ青だ。だが、彼女はオーディンの前に立ちはだかった。
どれほどの勇気を要したのだろう。戦士でもない彼女が、丸腰の彼女が、それをするのに。あるいは、王女としての誇りが神の前にさえ立たせて見せたのだろうか。
そんな彼女の行為を、蛮勇だなどと笑えるものだろうか。
オーディンは眉も動かさず、ヒルディースを見た。それを話すことの許可と受け取ったヒルディースは口を開いた。
「偉大なる大神オーディン様に、願い奉ります。せめてこの者に————」
そこで夢は途切れる。ノォトは再び、現実へと戻されていく。




