賢王の予言(3)
結局父がなにを求めていたのかはわからなかった。それは愛するべき者なのか、あるいは死なのか。一つ、と言うことができなかった。飢えている、と言うからにはその一つがあるのかもしれないが、いまのノォトには理解ができなかった。
だが、少し納得した。夢で見た父と周りから聞いた父との違いについてノォトは理解した。
きっと父を変えたのは、このときなのだろうと。
「そうか、父は……」
ノォトは思わずつぶやいた。完璧と言われた父でさえ、晩年まで完璧とは言い難い人物であった。そのことがどうしてか嬉しかった。
「これが、そなたの父君について私が知っている限りのことだ」
グリエルが言った。それは嘘だろう、と思った。彼はもっと知っている。さっきの話の中で、たくさんのことをぼかして話している。何より彼は、予言の王なのだから。
ノォトは迷った。この王に何を問うべきなのか。聞くべきことがあった。だが、それは本当に聞いていいことなのか。
「私がそなたに話したいこともそれだよ、ノォト殿」
グリエルは言った。顔は笑っている。だが、その瞳には笑みなど一分もなかった。
「そなたのこの旅の目的は、かの邪竜を討つことで相違ないか?」
「よもや、そこまでわかるのか」
ノォトは頷く。少し驚いた。この王は、もはや未来視すら可能としている。こんなにこと細かに物事を言い当てられるなど、そうとしか考えることができない。
だがグリエルは首を横に振った。
「いいや、私が見たのはそなたがここに来ることとその少し先のみ。邪竜へと立ち向かうそなたの姿しか見えない。いままで出会った者たちの未来は、果てまで見通すことができた。だが、そなたは違う。そこから先が見えないのだ」
そして、その中で奇妙なことがあったのだ。グリエルはそう言った。
「そなたの未来を知ろうとすると、必ず……なにか大きな者に阻まれる」
「神々の運命さえ見通せると言われているお前でも、わからぬと言うのか」
「それは言い過ぎだよ。私はすべてわかるわけではないし、私の言葉で何かが変わるということはない」
そもそも、運命とは変えられぬものだ。変えようと躍起になることもまた運命。それに従うのもまた運命なのだ。なにをしたって、運命に絡められてしまう。
グリエルはそう言ってため息をついた。ノォトは頷いた。
「だからだろうな、ああ、そなたには期待してしまう」
「期待?」
「この世界は、大きな袋小路に陥っている。なまじ、大きく動くことができるから自由だと勘違いしてしまう。だが、行く先は決まっているのだ」
それが、いつかエルフの女王フィオネに言われた「いずれ来る終わりのとき」だということは、ノォトにはわかった。その終わりとはいったい何なのか、ノォトにはわからない。だが、それまでに王にならなければならないことは確かだった。そう、彼女に誓ったから。
「ノォト、この老いぼれの言葉を聞いてくれ。お前はきっと、この世界を変える者になろう。これから起こる苦難に決して負けてはならない」
グリエルは言った。子を気遣う親のように、あるいはこの世界を憂う賢者のように。
ああ、とノォトは頷いた。
「……俺はもとより、何にも負けるつもりはない」
それは誓いであった。ノォトは負けてはならないと己に課している。
だが、一方でノォトには不安なことがあった。フーゴが目前で死に、義父アルヴァルトはこの命を狙っている。
善かれと思い、戦ってきた。善かれと思い、勝ってきた。善かれと思い、救ってきた。
義父と養父、二人の父の言う甘さがノォトを襲った。
だが、戦えと言われる。苦しんだとしても、裏切られたとしても。
ノォトは背中にある魔剣の重みを感じた。それでもなお、進むしかないのだと言い聞かせて。
「ありがとう。おかげで、迷うことはなさそうだ」
「何か聞きたいことはあるかね。これでも予言の王と言われている者だ。聞きたいことがあれば言うがいい」
「何もない。少なくとも、邪竜の元へいくまでに、まだ何かが待っているということはわかった。それだけでも収穫だろう」
ノォトはそう言った。ほう、とグリエルは言った。
「いかんなあ、口を滑らせてしまった」
「グリエル王、感謝する」
「……これからお前を待ち受ける試練に比べたら、小さいことだ。ならば行け、運命の見えぬ者よ。その目で確かめるよりほかはない」
グリエルはそう言った。笑っていた。晴れやかな笑いだとノォトは思った。父を送り出したときの顔の、何倍も。




