賢王の予言(2)
グリエルは、椅子に座るとノォトにも座ることを勧めた。魔剣を置いて、ノォトも用意されていた椅子に座った。
「さて、では……彼が私の元を訪れたときのことを話そう。彼の過去にはたくさんのことがあったが、いまのそなたにはそれで十分であろう」
そう前置きをして、グリエルは語り始める。在りし日の父の姿を。
* * *
その男は、当代において無敵を誇っていた。
手にする魔剣はあらゆるものを斬り裂いた。敵であろうと容赦なく、ときには城壁でさえ斬ってみせる。その武勇は知れ渡るところであり、神の加護とともにある、とさえ言われた。
しかし、彼と戦いたがる戦士も王も絶えなかった。誰もが当代において無敵の勇士を倒すことと、その名誉を望んでいた。
戦い、戦い、戦った。年老いた彼はやがて、戦いに飽きたのか、防衛のみに専念するようになった。
誰もが彼を謗った。だが彼の優れた治世は、戦いの武勲に勝るとも劣らないものであり、民は満足していた。
そんなある日であった。彼は少ない兵とともに、グリエルの元を訪ねた。そのとき、二人は初めて出会った。その日もまた、雨の日であったという。
「グンナル王、私にはこの上ない飢えがあるのだ」
彼はそう言った。グリエル王はそれを聞いて大変驚いた。
「私は予言の力によって、そなたのことを知っている。そなたが何を求めていて、何が救いになるのかも」
よもやそれを飢えと呼ぶとは。グリエルにとって、そのことが驚きであった。
ある程度を見通せるとはいえその意思までは読み取れない。予言の力と言えど、万能ではないのだ。
「そなたの生を思えば、それも仕方ないことであろう。兄弟たちを失い、子たちもまた運命に呪われていた。妻もまたそなたに見合うものではなかった。たくさんの復讐をし、死を見て、死を与え続けてきた。だがそなたは王であった。それを罪責だなどと言える者もおらぬし、私もまたそなたを責めることはできない」
もし彼を責めることができるのだとしたら、それは神々のみであろう。
しかしその神々とて、魔剣がある限り味方である。無条件であらゆることが認められているのだった。
「俺が望むものがわかるというのか」
彼は言った。年老いてなお、その気迫はこの世で最も優れた戦士たるものであった。
だがグンナルは臆さない。未来を見通すグリエルは己の死期すらも知っている。そしてこの男が本当は、とても優しいということも。
「如何にも。そしてそれは、そなたの知らぬもの」
「教えてくれ。俺の心をこうまで蝕むものはなんだ。俺には何が足りないんだ。この飢えがいったい何なのか、教えてくれ!」
その叫びは王にあるまじきもの。その嘆きは戦士にあるまじきもの。
まるで春を待つ子どもだ。グリエルはそう思った。人並みの生き方を許されず、戦い続けた王は、ようやく少年になったのだ。
遥か過去から生きていた王は、人としては年老いた、しかし自分から見ればほんの子どもに過ぎない王を見て、笑った。きっと息子がいればこんな気持ちになったろうとも。
「ここより東に向かうがよい。エイリミ、という王の元を尋ねよ」
グリエルは言った。それは問いへの答えにはなっていない。魔剣の王はそう言ったが、グリエルは何も言わなかった。
「そなたならば、きっと向かえばわかるだろう。お前は何かを求めている。であれば、それに出会えばその何かがわかるというもの。人は何者かに答えを教えてもらうより、何者かに出会う方がはるかにたくさんのものを得ることができる」
それきり、魔剣の王は黙った。なるほど、と納得して頷いてみせる。
「非礼を詫びよう。はしたない真似をしてしまった」
そして謝ってさえ見せた。王たる者が簡単に頭を下げるのは愚行と言わざるを得ない。王たる示しがつかないからだ。
だが、この王はきちんと相手を選べる者なのだ、とグリエルは思った。それこそが優れた王の秘訣なのだろうとも。
「はっはっは、王と言えど、人だ。人であるうちは過ちも犯そう。それはいくつ歳をとっても同じこと」
だが、気をつけるのだぞ。グリエルは言った。
「私が伝えたのは、そなたの言う飢えを癒すことだ。それが必ずしも、そなたの運命を明るいものにするわけではない」
「回りくどいな。素直に言ったらどうだ。その先に待ち受けるのは破滅だと」
魔剣の王は言った。不敵な笑みだった。覚悟を決めている者の笑みだった。
即断即決であり、決めたからには迷いがない。わかっていたとしても進むしかない。進むことしか知らない。まことに潔い者よ。愚者だと罵る者もいよう。だが、グリエルはこの戦士に敬服の念を覚えた。
「では、行くがよい」
「ありがとう、賢王グリエル。貴方との出会いに感謝を」
しばらくの雑談を経て、魔剣の王は再び出て行った。その後ろ姿は、やってきたときよりずっと勇ましく見えていた。
* * *
忘れられぬ出会いであった。グリエルは語った。長いようで短い話であった。そこにはたくさんのものが詰まっていて、一度に咀嚼するのは難しかった。
「あとの顛末は、そなたが知っての通りだ」
ノォトは頷いた。きっと、その先で出会ったにちがいない。己の運命の相手に。そして……。




