賢王の予言(1)
ノォトが目を覚ますと、そこは寝台の上であった。しとしとと降る雨の音が聞こえる。
ここはどこなのだろうと振り返る。フーゴを埋葬した後、雨が降ってきたから馬を飛ばして、賢王グリエルのもとへと向かったのだった。
ノォトとブロムを迎えた彼は、ひとまずは、日も暮れているからと二人に休息のための部屋を与えた。グリエルは老いているから、彼自身の疲れもあるのだろうとブロムは語っていた。
アルヴァルトに命を狙われているとはいえ、ノォトは未だ国の王子として扱われている。グリエルもまた無下にはできないのだ。
夢の内容を反芻する。どんどん鮮明になっていく夢は、自分にいったい何を伝えたいのだろう。戦乙女たちと母、そして母の中にいるのは————。
(俺、だろうな)
そうとしか考えられなかった。しかし、現実味がない。人は誰かが生まれるところを見ることができても、自分が生まれるところは見ることができない。ましてやそれより前となれば、人はなにもわからないのだ。
だが、自分は夢を見た。遠い日に、きっとあったはずの夢。自分の命が腹に宿ったことを喜ぶ母と、その母を慈しむ戦乙女の姿は、ノォトの胸を打った。ここまで来るのに疲れた心が休まるようであった。
「ノォト様、起きられましたでしょうか?」
しばらくして、声がした。若い男の声だ。ああ、と答えると入ってきたのは、まだ小さな少年であった。
「陛下がノォト様と会談を望まれています。いかがなさいますか?」
「わかった。いま行こう。我が養父はどうしている?」
「場内の魔法使いがたとお話しをされております」
なるほど、と言ってノォトは少年の元へと向かった。少し迷ったが、魔剣も携えた。剣を預かると言われれば渡さざるを得ないが、いまはこの剣がノォトの拠り所であった。
「では、こちらへ」
少年に連れられて向かったのは、王の間ではなく、グリエルの私室であった。
いたって変わったところのない部屋であった。質素を信条としている彼らしい部屋だとも言える。
「陛下が来られるまでしばらくお待ちを」
そう言って、少年は出て行く。
そしてほんの少しだけして、老人が音もなく現れた。王であるが、服装は他の者たちよりいくらか厚着をしているだけであり、表情もとても穏やかであった。
戸を開けたわけでもなく、まるで初めからそこにいたように。驚いたノォトは、剣を抜こうと少しだけ手を動かしていた。
「ふぉっふぉ、そう警戒せんでもよい。これは癖でな」
顔を綻ばせた彼は、そう言った。ノォトは頷く。この王を相手に、何かを訝しんだところで無駄だとノォトは思った。
「ノォト殿、はるばる遠くから、お疲れであっただろう。道中はたくさんの災難があったようだ」
「なぜそれを」
「私が巷でどのように言われているか、知らないわけではないだろう?」
予言の賢王。それがグリエルの二つ名であった。
どれほどのものか、と思ったが、よもやノォトの道程すらも見通すことができるとは思いもしなかった。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
「そなたとはこうして会うのは初めてだが、懐かしい気にもなる。父によく似たな」
「俺の父を知っているのか」
「如何にも。彼も晩年に差し掛かったころ、この私のところへと尋ねてきたのだ」
グリエルは言った。ノォトは驚いた。戦いの人生を送ったと聞いていた父が、戦嫌いのグリエルの元を訪れていたなど。だが、いまでは少し納得もしている。こうして自分もグリエルと話したいと思ったように、父もまた同じことを思ったのだろうと。
「考える顔も、彼によく似ている。その人生もまた、似ている」
「王よ、本題に入る前に、父の話を聞きたい」
「ふむ」
グリエルは少しだけ考えた。だがすぐに結論が出たようだ。
「いいだろう。そなたに話があるように、この私もそなたい伝えたいことがある。だが、いきなり話すというのも風情がないだろう。この老いぼれのつまらん昔話になってしまうが、よろしいかね?」
「賢王と名高い貴方の言葉だ。心して聞くことにしよう。なにひとつとて、無駄になるものはないだろうから」
「ほう……歳はとってみるものじゃな。ノォト殿、お若いがそなたは同じ頃の父を超えているように私は思うよ。ああ、まずはその父の話だったか」
歳をとると、言葉が増えて敵わんな。
にこやかに笑うグリエル。その笑顔は、ノォトが憧れた王の姿に似ている気がした。




