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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
竜の歌
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戦士はともになれない(5)

 フーゴの姿が消えた。いいや、あまりに踏み込みの速さに、一瞬だけノォトの反応が遅れたのだ。

 しかし、間合いが開きすぎている。二歩目を踏んだときには、ノォトは彼の姿を見た。

 失策だ。ノォトはそう思った。素早い動き出し、そしてフーゴの持つ槍の技であれば自分に届いたかもしれない。あるいは、ノォトでなければ届いたか。

 勝利の確信とともに、ノォトは魔剣を握り直した。だが、ずきんと痛んだ頭が、ノォトを冷静にさせた。

 あのフーゴが、こんな単純な攻撃を仕掛けてくるものか。彼の技はその性格に反して実直そのものであるが、策略はとてもまっすぐとは言えない。

 ノォトは駆けてくるフーゴを見た。彼の体からは微かな魔力を感じた。もっとじっと見るめる。彼がなにかすでに手を打っているのはわかっている。

 それからは直感だった。魔剣を握った左手を離した。そして目の前に迫るフーゴに向けると、扉を開けるように動かした。

 風に吹かれた煙のように、フーゴの姿が消えた。

 そしてその先に、もう一人のフーゴがいた。

 決死の覚悟での突貫だ。彼らしくない、ゆがんだ顔だ。魔法を失った彼に残されたのは、たった一撃のみだった。

 ノォトは正面から受けて立つ。力を込めて、体を横に回転させる。片手で握った魔剣〈憤怒の剣〉を振るった。

 二人は交錯し、すれ違った。

 剣を振り切ったノォトは、魔剣を見た。輝いている魔剣は、赤に濡れている。それはノォトの勝利を意味していた。

 魔剣を納めて、フーゴへと振り向いた。彼は片腕をだらりと下ろし、膝をついている。

 肩で息をしながら、彼もまたノォトへ振り向いていた。


「……気づいてたのか、分身の魔法を。初めて見たのに」


 ノォトは頷いた。やれやれ、とフーゴはため息をついた。


「参ったな。ここまで追い詰めたのに、まだ届かないのか」

「いや……見事だった。ここまで追い詰められたのは初めてだった」

「へっ、俺なんかもっと追い詰められたことも、何回もあったさ。ここまで用意周到にやって、あと一歩まできたと思ったのにな」


 ざまあねえな。そう言って、フーゴは咳き込んだ。血を吐いている。

 ノォトは慌てて駆け寄った。


「来るな!」


 フーゴは叫んだ。口の端から血を流しながら。


「へっ……優しすぎる王子様、教えてやるよ。最後という最後で、俺は男の意地を選んじまったのさ。フンディングの姫、そいつが欲しくてな」


 それはたくさんの意味を含んでいた。フーゴのできる、精一杯の言葉なのだと思った。そして、いままでの彼の言葉はすべてが嘘なのではなく、真実もあるのだとも思った。

 ゆらりと、彼は立ち上がった。そしてまだ動く腕で、槍を大きく掲げた。

 ノォトはフーゴへと手を伸ばした。

 彼のやろうとしていることが、わかったから。


「やめろっ!」


 声は虚しく響く。

 彼の背中から、槍の穂先が生えていた。

 最後の力を振り絞って、彼は己の命を絶ったのだ。

 崩れ落ちるフーゴを、支える。もはや彼に立ち上がる力は残されていない。

 しっかりしろ、と声をかけるも、フーゴはもはやもの言わぬものになってしまった。

 せめて戦いの中で死ねば、戦乙女が慰めてくれよう。ノォトはその一念でフーゴを斬り伏せようとした。だが、フーゴはそれを受け入れなかった。自分の手で死を迎えた。

 それは戦士としての恥からなのだろうか。フーゴの槍は間違いなく、かつては英雄たらんとしていた者のものであった。苛烈ながらもまっすぐなその技は、ノォトがいままで戦場で見てきた槍の中でも清廉なものであった。

 言葉なく、ノォトはうなだれた。フーゴが死んだことをどうしてか受け入れられなかった。いままで戦ってきて、こんな想いを抱いたことはなかった。

 理解ができない。追いつかない。まるで、自分が責められているようにも感じられた。


「ノォト」


 ブロムが声をかけてきた。ノォトは、振り向くことはしなかった。


「だから言ったのだ。忠告したのだ。お前は甘い。その甘さでお前が死ぬならいい。だが、王としての甘さのしわ寄せは、お前以外の誰かが払うことになる。そうした連鎖の結果がこれだ」


 養父はノォトに語り続けた。フーゴの身の上を。

 フンディングに仕えた戦士であり、敗戦したあと、アルヴァルトに雇われお前を狙ったのだと。それはフンディング王の娘を取引に出せる唯一の人物が彼であるからに他ならないのだとも。

 アルヴァルトの手の上だ。いままで自分たちが襲われた裏で手を引いていたのは、彼に他ならない。

 ノォトは知っていた。彼は自分を除こうとしていると。力をつけたノォトは彼にとってもはや障害にしかならないということも。己の国と、ノォトの父が治めていた国、そしてフンディングの国。この三つの国を持つ彼は、その野心の矛先をノォトに向けていた。自分の持つ国を、渡さぬためにも。

 ぜんぶ、ぜんぶ、わかっていた。最初に襲われたときから、理解していた。


「…………」


 ノォトはフーゴを抱えた。そして森の方へと歩き始めた。

 どこへ行く、とブロムは言った。


「せめて、弔ってやらねばなるまい」


 この優れた戦士を、自らの信念に従った男を。

 雨雲が空を覆い始めた。雨はきっと、長く降るだろう。

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