戦士はともになれない(3)
森を抜けると、一面の平野が広がっていた。ここからずっと先に、グリエル王の居城がある。まだ遠すぎて見える距離にはないが、森を抜けたことはひとまずの安心感があった。
フーゴもまたそのようで、槍を握って伸びをした。首を回し、ごきごきと音を鳴らす。
「ようやくだ。これで獣に襲われる心配もねえし、夜襲もそこまで恐くはなくなったか」
「油断するな。俺らを狙うやつは、平原だろうと構わず襲ってくる」
「うへえ……これははずれを引いちまったか」
苦笑いをしながら、フーゴはノォトの方を振り向いた。ノォトはため息で応える。
「大人しくあきらめろってか、王子様よ」
「……全力を尽くせ。以上だ」
「うっわ、雑だな。もっと労いの言葉はないんかね」
「臣下でない者に、与える言葉はない」
皮肉に対して、軽口で応える。それくらいの余裕が、ノォトとフーゴの間には生まれつつあった。ブロムは依然として彼に対して警戒を続けている。
無論、ノォトとて警戒をしていないわけではない。だが、この男に調子を狂わされつつあり、ならば少しは乗っておいた方が楽だろうと思ったのだった。
「グリエル王と言えば、妻が過去に三人もいたそうだ。予言の王、というわりに、ずいぶんなことだな」
「これから仕えようという王に、そういうことを言うのか」
「うん? 上に立つ者としてどうかというのと、俺が仕えようとする者としてどうかは別だ。俺はいいと思うぜ。好きな女なんてのはころころ変わるものなんだろうさ」
フーゴはそう言った。ノォトは彼の言葉の中に、少しの真剣さを感じた。彼の本性がわずかに出たのだろうと思うと、少しだけ嬉しくも思った。
ばつの悪そうな顔をして、舌打ちをするフーゴ。少しだけ、いい意味で力が抜けてしまった。
「ところで、おたくらは何が目的で旅をしているんだ。こっちには、グリエル王の城くらいしか見るものはないぞ。物見遊山、って柄でもなさそうだが、なにかあるのか?」
「邪竜を討つ」
ノォトは端的に言った。ブロムは、止めるのも無駄だと思ったのか、黙って静観していた。
対するフーゴは、ぽかんと間抜けな顔を浮かべた。信じられないものを見た、という顔だった。
「それは、本気か? いや、わかってる。おたくが冗談を言う質じゃねえってのは。それを加味したとしても、だ。笑えない冗談だな」
それならば、この進路は納得するが。フーゴはそう言った。
ブロムが言うには、ここからさらに先に邪竜の棲む洞窟があるのだと言う。疑ってはいないが、フーゴの言葉で確信に変わった。
「なんというか、上には上がいるもんだな。俺なんか、まだまだ小せえ」
「そんなことはないだろう。目指すものがあるから、それなりの方法をとっている。それだけだ」
「簡単に言うけどよ、そう上手くいかねえんだ」
人の考えることと、男の考えることってのはな、ちげえんだ。
フーゴは笑った。その笑顔は、どうにも痛々しかった。
「人ってのは、いつか妥協しなきゃならん。どれだけ高望みしても、一人の兵士が一国の美姫を手に入れることは叶わないのさ。だが、男としては諦めることができないもんよ。一人の者の中に、二つの意思がある。その板挟みになって、悩んでる奴らは大勢いるのさ」
だけど、お前はそうじゃないんだ。それがどうしようもなく、俺をちっぽけにさせる。
ノォトは思わずフーゴの言葉を止めた。これ以上は、お互いのためにならないと思ったからだ。
自分自身に課した、誰よりも優れた王になるという目標は、自分の生まれからであった。地上で最も優れた王と言われた父と、三国一の美女と名高かった姫である母と、そしてアルヴァルトの姿を見て、戦乙女に憧れたからだった。
しかし、それさえも持っている者のものである。ノォトは痛感させられた。
「そんなことを言って、俺を困らせるな」
「はっ、そういう言葉は想い人にかけるんだな。噂じゃあ、ノォトと言えば父の仇の女を生かしたと聞いたが?」
「そういうつもりではない」
ノォトは鋭く、フーゴを睨みつけた。確かに、ノォトはフンディングの娘を無理を言って生かした。だが、それは彼女の惚れたからだとか、自分のものにしようと思ったからではない。
悪かった、と言ってフーゴは冗談っぽく謝った。ノォトもとりわけ、怒っていたわけではない。
だが、ただただ、疲れだけが溜まった。
くらり、と視界が揺れる。戦いとは違う緊張に、慣れていないのだと感じさせられた。
「さあて、話もひと段落したところで」
フーゴは槍を振り回した。ノォトは少しだけ、反応が遅れたが、彼が放っているものには気づくことができた。
「ここらへんで死んどけや、王子様」
ブロムがノォトの名前を叫ぶと同時に、槍が放たれた。
いままで戦場で見てきた誰よりも早い一撃が、ノォトへ迫った。




